いったいどうしたというのだろう。
 エリスが不思議に思っていると、アレクシスはしばらく沈黙した後、そっと唇を開いた。

「俺も、星に願いたいことはない。……だが、君に、一つ叶えてもらいたいことがある」
「わたくしに、ですか?」
「ああ。……もちろん、強制はしないんだが」

 どこか恥ずかしそうに視線を逸らすアレクシスに、エリスはこくりと頷く。

「わたくしに叶えられることならば」と。

 すると、意を決したように、アレクシスは言った。

「俺のことを、名前で呼んでくれないか?」

 エリスは目を見開く。

「殿下を……お名前で……?」
「ああ。敬称で呼ばれることに不満はないが、リアムのことすら名前で呼ぶのに、俺の名前は呼んでもらえないのかと……正直、嫉妬していたんだ」
「――!」
「どうだろうか?」
 
 瞬間、エリスは胸の奥が熱くなるのを感じた。
 嫉妬していた――そんな風に言われたら、浮かれてしまう。

「……お名前で、お呼びすればいいのですね?」

 確かに今まで、アレクシスのことはほとんど「殿下」呼びだった。「アレクシス殿下」と呼ぶことすら珍しい。

 それを思うと、「殿下」という敬称を付けないのは、どうにも気恥ずかしく思えてしまうが、それでアレクシスが喜んでくれるなら、呼ばない選択肢はない。

 エリスはごくりと息を呑んで、アレクシスを見つめる。

 そして――。


「……アレクシス、様」

「――ッ」


 刹那、感極まったのか、見たこともないほど破顔するアレクシス。

 彼はオールを放し、エリスの身体をそっと抱き寄せると、頬に鼻先をすり寄せる。

「これからは、毎日そう呼んでくれ、エリス」
「……っ」

 低く甘い声が響き、アレクシスの唇がゆっくりと降りてくる。
 それに応えるように、エリスは、アレクシスに身を委ねた。


「エリス……君を、愛している」
「わたくしもです。……アレクシス様」


 夜風が水面を撫で、夜空が輝きを増していく。

 煌めく星々に祝福されながら、二人は互いを確かめ合うように――深く深く、唇を重ねた。


《Fin.》