【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜


 ◇


 それから少し後。
 二人はボートの上にいた。

 すっかり日は落ち、星々がきらめき始める時間帯。
 運河に浮かぶ無数のランタンが、まるで夜空に瞬く星々のように輝いている。

 そんな幻想的な運河の真ん中で、エリスは空を見上げていた。

「……本当に綺麗ですね」
「ああ、そうだな」

 星まつりの夜は王宮を除いて街中が灯りを落とし、ランタンだけの灯りで一晩を過ごす。
 帝都全体がいつもより暗い分、星々がくっきりと見える。それも美しさの理由だろう。


 二人はしばし、ただ静かに星を眺めていた。運河のさざ波と、冬の透き通った空気を、心地よく感じながら。

 そうして少し経った頃、ふと、エリスが口を開いた。

「星まつりでは、星に願いをかけるんですよね? 殿下は、何を願われるのですか?」

 その問いに、アレクシスは少し考え、聞き返す。

「そうだな……君は?」
「わたくしですか? わたくしは……」

 本音を言えば、マリアンヌの恋の成就をお願いしようと思っていた。
 だが、それをアレクシスに言ってしまうのは不味い気がする。なぜって、アレクシスはまだ、マリアンヌがセドリックを好きなことを知らないのだから。

 そう考えたエリスは、恋の成就は心の中でそっと祈るに留め、こう答えた。

「ありません」と。

「……ない?」
「はい。わたくしの願いは全部叶ってしまいました。殿下のお側にこうしていられることが、わたくしの願いであり、幸せですから」
「――っ」

 刹那、アレクシスはハッと息を呑む。
 そして一度は「俺も」と同意しかけたものの、すぐに言葉を詰まらせた。

「……殿下?」