「――!」
(あれは、殿下? もう帰ってきたのか?)
夕日に重なるその人物は、アレクシスに違いなかった。
侍女に居場所を聞いたのだろう。
庭園を見渡すような素振りをしたアレクシスは、二人の存在に気が付くと、早足でこちらに近づいてくる。
その表情は、明らかに何か覚悟を決めた様子で――シオンは直感的に悟った。
これはしばらく、自分の出番はなさそうだ、と。
この一週間、シオンは毎日エリスの元を訪れていた。
それは当然シオン自身が望んだからだったが、それ以外にも、セドリックから頼まれたからいう理由もある。
「殿下にエリス様と向き合う覚悟ができるまで、エリス様のことをお願いします」――と。
だが、アレクシスの様子からするに、その役目は今日で終わりだろう。
ならば、伝えるべきことは伝えておかなければ。
シオンは、頬に触れるエリスの手のひらに自身の両手を重ねて下ろすと、その手をそっと握りしめる。
「ありがとう。姉さんの気持ちはすごく嬉しいよ。でも、すぐには答えられないんだ。少し前の僕なら、姉さんの側にいるって即答したと思うけど、僕も、リアム様やオリビア様のことがあって、色々考えさせられたから」
祖国に戻りたいとは思わない。公爵位にも興味はない。その気持ちは以前と同じ。
だからといって、あの愚かな父親にこのまま家を明け渡すのはあまりにも危険すぎる。となれば、それを阻止するために、祖国に帰らなければならない日が、近いうちに必ず訪れるだろう。
「成績表や投資のことは、全部姉さんの言うとおりだよ。父さんは僕を廃嫡しようと考えてる。その後は養子を取るつもりなんだろうって、僕は前から思ってた。だからもしものときの為に、お金と人脈を広げておこうって始めたことなんだ。……ごめんね、姉さん。ずっと隠してて」
本当は、エリスに真実を伝えようと思ったことは何度もあった。
けれどこれを知れば、エリスは自らを責めるだろう――そんな考えに至り、隠し通すことに決めたのだ。



