【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜


 アレクシスは雨が嫌いだった。

 雨は火薬を駄目にする。足場も視界も悪くなる。敵も味方も、あらゆる人間の気配を消してしまう。
 何よりも、忌まわしい記憶を呼び起こす。

 母親の不貞現場を目撃したときも、その母親が馬車の事故で死んだと知らされたときも、窓の外には激しい雨が降っていた。
 ちょうど、今と同じように。


(……ああ、くそッ。――鬱陶しい!)

 アレクシスは一瞬の合間に、瞼に溜まった雨粒を袖で拭い去る。
 するとそんなアレクシスに何を思ったか、リアムはニィと唇の端を持ち上げた。

「そう言えば、お前は昔から雨が嫌いだったな。雨の日は必ず予定を変えていただろう?」
「――だったら何だと言うんだ」
「わからないのか? 天は私に味方しているということだ」
「…………」
「私はな、アレクシス。そもそもお前に勝つつもりなどなかった。実力差は歴然、戦わずとも勝敗は決している。お前の指一本でも落とせれば十分だとな。だがお前はエリス妃の情に(ほだ)され手を抜いた。そこにこの雨。となれば、この機会(チャンス)を逃すわけにはいかないだろう?」
「つまりお前は、俺をここで殺すと?」
「ああそうだ。お前を殺して私も死ぬ。……それで全ては終わる。――そうだろう、アレクシス!!」

「――ッ」

 土砂降りの中、殺意に満ちたリアムの剣がアレクシスに襲い掛かる。
 攻めに百パーセント振り切った斬撃が、何度も何度も繰り出される。


 アレクシスはそれを、ギリギリのところで受け続けていた。

 今の季節は十一月――身体を濡らす雨の冷たさのせいか、どうしても思い出される嫌な記憶に苦しみながら、どうにか理性を保っていた。