【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜



(ようやくお出ましか)

 だがそう思ったのも束の間、アレクシスは大きな違和感を覚え、眉をひそめる。

 リアムが剣を抜いていたからだ。

 それも、ただ抜いているだけではない。剣は布で右手としっかり固定され、更に、腰にあるはずの鞘は見当たらない。

 そんなリアムの姿に、アレクシスは心がざわめき立つのを感じた。


「殿下、あれは……」
「……ああ、わかっている」


 あれは戦場で敵陣に取り残され、後がないときの戦い方だ。
 あるいは味方や民を逃がすため、死すら(いと)わず敵を迎え撃つときのやり方だ。

 鞘を捨て、腕と剣を縛りつける。

 一歩も後には引かないと。敵に背中を見せはしないと。
 たとえ命尽きようと、決して剣を放しはしない。最後まで戦い抜くのだという、強い意思と覚悟の表れ。

 と同時に、生きることへの執着を捨てた証でもある。

 つまり、リアムはこう表現しているのだ。
『死んでも負けは認めない』『どちらかが戦闘不能になるまで、戦いを終わらせるつもりはない』――と。


「リアム……お前、その右手は……」


 刹那――思わずそう言いかけたアレクシスの脳裏に、昨夜のセドリックの言葉が蘇る。
 

「リアム様が、死を覚悟して殿下に挑まれるのは確かでしょう。ですが、私はそれだけではないように思います。リアム様の目的は、『死を迎えることそのもの』ではないかと……そう思えてならないのです」

 ――と、今日の決闘の準備を終えたその別れ際、神妙な顔で告げたセドリックの声が。