(わたし、殿下に避けられたのかしら。それとも、わたしの気まずい気持ちを悟られてしまった? だから、殿下はわたしに気を遣ったの……?)

 アレクシスに、オリビアについての自分の気持ちを伝えたことに後悔はない。

 リアムの命だけでも保証されたことは、喜ぶべきことかもしれない。

 でも、アレクシスとこんな雰囲気になるのは予想外だった。


(わたし、殿下をちゃんと送り出すことすらできなかったわ。『いってらっしゃいませ』って……一度も欠かしたことがなかったのに。その上、オリビア様の力にもなってあげられない……)


 エリスは、自分のあまりの不甲斐なさに顔を曇らせる。
 馬車に揺られながら、膝の上で拳をぎゅっと握りしめ、瞼を臥せっていた。

 するとそんなエリスを見かねたのか、シオンの指がエリスの拳に触れる。
 

「姉さん、大丈夫だから力を抜いて。爪、食い込んじゃうよ。せっかく綺麗な手なのに」

「……っ」

 その声にハッと顔を上げると、シオンがいつもと変わらぬ優しい顔で微笑んでいた。

「殿下のことを考えてるの? それともオリビア様のこと? どちらにしろ心配はいらないよ。少なくとも殿下は、姉さんを悲しませるようなことはしないから」
「……どうして、そう言い切れるの?」
「そりゃあ、殿下は姉さんを愛しているからね。それに、僕は殿下と約束したんだ。『姉さんを泣かせるようなことがあれば、僕が(・・)姉さんを(・・・・)貰います(・・・・)』って。だから大丈夫だよ」
「…………」


(……今の、冗談よね?)

 口調や表情からして、きっと冗談なのだろう。
 けれど、普段冗談を言わないシオンから「大丈夫」と言われると、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。

「……そうね。きっと大丈夫よね」
「そうだよ。それに殿下は、ああ見えて優しい方だ。宮に許可なく忍び込んだ僕を、こうして何の罰も与えずに許してくれたんだから。きっと今日の決闘も、上手く収めてくれるよ」
「…………」

 それはあまりにも楽観的な意見だった。
 どう考えても、シオンとリアムのしたことでは罪のレベルが違うだから。

 それでも、シオンがあまりにも自信満々に言うものだから、信じていいかという気になってくる。