【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜


 ◇


 エリスは語った。
 
 自分のもとを訪れたオリビアが酷く憔悴(しょうすい)しきっていたことや、温室で倒れてしまったこと。
 倒れたオリビアをシオンが介抱し、自分に話してくれた内容を、覚えている限り全て。
 
 ただ一つ、『オリビアがアレクシスを慕っていたのは嘘だった』ということを除いては――。


 アレクシスはそんなエリスの話を、終始黙って聞いていた。
 一言も口を挟まず、驚く素振りも見せず、ただ静かに聞いていた。

 エリスはそんなアレクシスの様子を見て、この人は全てを知っていたのだと悟った。

 シオンがオリビアの屋敷に滞在していることも。
 多くの使用人がルクレール家の屋敷を辞めていったことも。
 リアムの悲惨な生い立ちも。

 なぜなら、アレクシスが唯一驚いたのは、一番初め。オリビアが宮を訪れたことを伝えたときだけだったからだ。

 実際、昼間のことを一通り話し終えたエリスが、事実確認のため、「今の話に間違いはありませんか?」と尋ねると、アレクシスはこう言った。

「間違いない」と。

 まるで何かを諦めたかのような顔で、そう答えたのだ。


 エリスには、アレクシスのその表情の意味はわからなかった。 
 今アレクシスがどんな気持ちで自分の話を聞いているのか、このまま話を続けていいものか、何もわからなかった。

 けれど、止められないということは、続きを話せということなのだろう。

 エリスはそう判断し、言葉を続ける。


「では……これはご存じでしたか?」


 これを言ってしまえば、今度こそアレクシスを怒らせるかもしれないと、ギリギリまで頭を悩ませながら、それでも、自身の心を必死に奮い立たせ、エリスは口を開く。
 

「オリビア様は、殿下を慕ってはいなかった……と」

「――何?」

「オリビア様が、シオンに泣いて話したそうなのです。全ては嘘だったと。彼女はただ、リアム様と一緒にいたかっただけなのだと。そのために、殿下を慕っている振りをしていたと。……自分のせいで、愛する兄を死なせてしまうかもしれないと……」

「…………」


 エリスは、大きく顔をしかめたアレクシスを見据え、懇願する。


「突然こんなことを言われても信じられないのはわかります。難しいことも承知の上です。――それでも、お願いです、殿下。どうかお二人を引き離さないでいただけないでしょうか? このままでは、オリビア様があまりに不憫でなりません」