【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜


 だが同時に、彼女はとても心配になった。
 エリスの弟を『小姓』にするというだけでも身内びいきが過ぎるのに、更に客人扱いの待遇となれば、口さがない貴族たちは、裏でどんな噂を立てるかわからない。

 それが、どうしても気掛かりだった。

 すると、そんなエリスの気持ちを悟った様に、アレクシスはほんのわずかに口角を上げた。

 それはエリスが初めて見る、アレクシスの笑顔だった。

「……っ」

 瞬間、エリスの心臓がドクンと跳ねる。

 優しくて、温かくて、けれど同時に、とても寂しいアレクシスの微笑み。

 エリスはその笑みに、息が詰まるような、喉元を締め付けられるような心地がした。


(殿下の笑顔……初めて見たわ)


 月明りに煌めく黄金色の瞳に見つめられ、息をするのも忘れてしまいそうになる。

 それでもエリスは、必死に言葉を絞り出した。

「本当に、殿下はそれでよろしいのですか?」――と。

 するとそれに答えるように、笑みを深くするアレクシス。

「ああ、俺が決めた。二言(にごん)はない。――とは言え、全てを自由にさせるつもりはないから安心しろ」
「……? それは、いったいどういう……」
「そうだな。具体的には、夜十時以降のこの棟への立ち入りは禁止、だとかな。――俺はもう、君と過ごす時間を誰にも邪魔させるつもりはない。それがたとえ、君の愛する弟であろうとも」