「…………」
(そう言えば、前にも一度こんなこと)
刹那、不意にエリスの脳裏を過ぎったのは、宮廷舞踏会を間近に控えた半年前のある夜、この椅子でアレクシスを二時間待ち続けたときのこと。
冷めきったミートパイを前に、涙を堪え、意地だけでここに居座り続けた辛い記憶。
けれどあのときは、舞踏会用の首飾りをプレゼントされ、怒りも悲しみも、何もかも忘れてしまった。
(今回も、あのときの様に幸せな記憶で上書きできたらいいのでしょうけど……。何もかも状況が違うもの、きっと難しいわよね。――でも)
自分は決めたのだ。『見なかった振りはしない』と。
それがたとえ、アレクシスが望まぬことだとしても。
――そうこう考えているうちに扉が開き、アレクシスが入ってくる。
その横顔は、やはり、苛立ちを含んでいるように見えた。
(やっぱり気のせいじゃなかった。わたしは、殿下のご不興を買ってしまったんだわ)
だが、今さら後悔しても始まらない。
今は無事夕食を終えること――それだけだ。
エリスは椅子から立ち上がり、アレクシスに笑みを投げかける。
「今日はお約束通り、ミートパイを焼きましたの。召し上がっていただけますか?」



