【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜



 ◇◇◇


 その日の夕方、そろそろ日が暮れようという時間帯。
 アレクシスはひとり、帰りの馬車に揺られていた。

 西日の差し込む車内で、セドリックから言われた言葉を思い出し、深い溜め息をついていた。


 ――「殿下、いいですか。決闘の件、必ず話してくださいね」


 この五日の間に、何度言われたかわからないその言葉。

 言わなければと頭では理解しているのに、先延ばしにした挙句、クロヴィスとの賭けにも負け、いよいよ後がないところまできてしまった。

 今夜こそは、絶対に話さなければならない。


(宮に戻るのがこんなに憂鬱なのは久しぶりだな。……いや、初めてか?)


 そもそも、アレクシスはエリスが嫁いでくるまで、エメラルド宮を完全に放置していた。

 十八で成人を迎えてから四年もの間、一度たりとエメラルド宮で寝起きしたことはなく、自分の所有物であるという認識すらなかった。
 所謂《いわゆる》、無関心というやつだ。

 だがエリスがやってきて、クロヴィスの忠告から共に過ごすようになり、それからというもの、恐らく一度も、エメラルド宮で過ごすことを不快だと思ったことはない。
 緊張することはあれど、憂鬱などと思ったことはないのだ。

 それはつまり、自分でも気付かないうちに、エリスのいるあの場所が、自分にとって当たり前の居場所になっていたということで――。


(……”居場所”、か。この俺が、随分と甘いことを考えるようになったものだ)


 昼間、セドリックから『何に悩んでいるのか』と尋ねられたとき、アレクシスは答えられなかった。

『エリスに嫌われることを恐れている』などと、情けないことは言えないと。

 だが、言えなかった理由はもう一つある。


(俺はどうしても嫌なんだ。エリスの優しさが、俺以外のものに向けられることが……)