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(シオンの話を聞いたときから、わかっていた。殿下がわたしに隠し事をしていたのは、わたしを守るため。つまり、何も聞かなかった振りをするのが、正解なのかもしれない。でも……)
一度聞いてしまったことを無かったことにはできない。
それに、あんな状態のオリビアを見てしまった以上、傍観しているわけにはいかない。
そもそも、シオンが宮に入り込んだことをアレクシスに内緒にするのは不可能だ。
使用人たちには、「シオンが来たことはわたしから殿下に話すから、黙っていてね」と口留めしてあるが、彼らがそれを受け入れてくれたのは、『エリスがアレクシスに話す』と約束したから。
もしエリスがアレクシスに伝えなければ、使用人の誰かが報告することになるだろう。
つまり、話さない選択肢はないのである。
「…………」
(結局、オリビア様の『願い』というのが何だったのかは分からずじまいだけど……でも、これだけはわかる。オリビア様はただ、リアム様と一緒にいたかっただけ。リアム様のことを愛していただけ。そしてそれは、きっとリアム様も同じ)
でも、リアムはそれを知らないのだ。
オリビアがアレクシスを慕っていたこと自体が、そもそも嘘であったのだと。
オリビアの嘘が、リアムと一緒にいたいがためのものであったことを。
つまり、今回の一件はいくつかの誤解と、気持ちのすれ違いが生んだものであり、本来なら決闘などせずとも済むはずなのではないか――エリスの気持ちは、そんな風に揺れ動いていた。
(一度決まった決闘が無くなることはないと、さっき侍女が教えてくれたけど……。でも、お互いの気持ちを、理由を知れば、命を賭けて戦うことは避けられるんじゃないかしら)
とにかく、事実関係を確認するためにも、アレクシスときちんと話をしなければならない。
例えそれが、アレクシスの望まぬことだとしても――。
エリスはそう考えながら、約束のミートパイを完成させるため、残りの作業に勤しんだ。



