(殿下はわたしがシオンに手紙を送ることについて何も仰らなかったけれど、もしかしたら、侍女たちには別の指示を出していたのかもしれないわ)
例えば、「シオンに手紙を届けないように」だとか、「シオンからの手紙をエリスには渡さないように」だとか。
あまり考えたくはないが、そうだとしたら、侍女の戻りが遅いことや、手紙を渡した際の応答への違和感にも、説明がつく。
(二度と同じ失敗はしまいと誓ったのに……。あの違和感を、そのままにして行かせるんじゃなかった。わたしの失態よ)
もし彼女が、アレクシスと自分の異なる命令の板挟みのせいで、戻ってこられないとしたら――そんな思考に陥ったエリスは、罪悪感に唇を歪める。
とはいえ、悩んでいるだけでは始まらないし、何一つ解決しない。
(ひとまず他の使用人たちに状況を確認して……そのあと、別の人間を学院に向かわせましょう)
そう考えた、その矢先だ。
不意に、窓の外――正門の方が、なんだか騒がしいことに気付く。
エリスの住む南棟からは、角度的に正門は見えないが、明らかにいつもと様子が違う。
(どうしたのかしら……?)
気になったエリスは、自ら確認するべく部屋を出た。
部屋の外で待機していた侍女たちからは、
「わたくしたちが確認して参りますから」
「エリス様はお部屋でお待ちください」
などと止められたが、それらを振り切り、エリスは南棟から本棟を抜け、玄関ホールへと急ぐ。
するとホールを抜けた先、一台の馬車の前に、宮の従僕らが大勢集まっているのを確認したエリスは、その騒ぎの中心にいる人物の姿に、ハッと目を見開いた。
「……オリビア様?」
そう。なぜならそこにいたのは、オリビアだったからだ。
あまりにも突然すぎるオリビアの登場に、エリスはただ純粋に驚く。
(どうして、彼女がここに?)
そう思うと同時に、オリビアとバチンと目が合って――。
オリビアは優雅な所作でお辞儀をしながら、唇を開く。
「突然の訪問をお許しください、エリス皇子妃殿下。本日は無理を承知の上で、殿下にどうしてもお願いしたい儀があり、こうして参った次第でございます。短い時間で構いません。わたくしに、お時間をいただけませんでしょうか」



