【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜




 エリスは時計の針をじっと見つめながら、祖国での古い記憶を思い起こす。

 それはいつだったか昔、婚約者のユリウスに宛てた手紙を、腹違いの妹、クリスティーナに駄目にされたときの記憶。


(……確かあれは、わたしが十二のときだったかしら)


 エリスはその日、ユリウスから届いた手紙の返事をしたため、いつものように侍女へ手渡した。

 そこまでは良かったのだが、侍女がその手紙を出しにいこうとしたところに偶然クリスティーナが通りかかり、侍女から手紙を取り上げたのである。

「お姉さまから殿下に? いいわ、この手紙、あなたの代わりにわたしが出しておいてあげる」と。

 当然、侍女は「困る」と抗議した。

 するとクリスティーナは腹を立て、手紙を侍女の足元に投げ捨てると、手近な花瓶の水を、侍女に向かってぶちまけたのである。

 これにより手紙はずぶ濡れになり、しかもクリスティーナは、それを侍女のせいにしたのだ。


「まぁ、大変! まさか殿下宛ての手紙をずぶ濡れにするだなんて! 不敬にもほどがあるわ!」


 周りの使用人に聞こえるような大声で、クリスティーナが侍女に向かってそう言い放ったことを別の侍女から聞かされたエリスは、はらわたが煮えくり返るかと思った。

 ユリウスへの手紙を駄目にされたことより、自分の侍女を侮辱されたことが許せなかった。
 と同時に、侍女の心に傷を負わせてしまった自身への無力感でいっぱいになった。


 今になってそのときのことを思い出したのは、「申し訳ございません、お嬢様。私のせいで」と、手紙を駄目にしてしまったことを詫びる記憶の中の彼女の顔が、先ほどシオンへの手紙を預けた侍女の様子と、どこか重なるところがあったからだろう。

 ――結局その後、侍女は追い出される形で仕事を辞めることになり、エリスはその侍女から「新しい職が決まりました」との連絡が届くまでの間、自責の念に苦しめられることになったのだ。