「…………」
押し黙ってしまったアレクシスに、クロヴィスは静かな声で告げる。
「アレクシス。お前は昔から人を信じすぎるきらいがある。それはお前の長所だが、弱点だ。表面だけを見ていては、いつか足元をすくわれるよ」
「……っ。……それは、どういう――」
「わからないか? では聞くが、もしリアムが私と同じような手を使ってきたら、お前は引っかからない自信があるか?」
「――!」
「私はな、別にお前に、必要以上に人を疑えと言っているわけではない。事実、神聖な決闘という場で、彼がそんな手を使ってくることはまずないだろう。だが、何事も決めつけるのはよくない。彼の表情、言葉、仕草――その裏に隠された心理を読まなければ、お前はきっと、大切なものを失うことになる。これは私からの忠告だ」
「…………」
「では、今度こそ失礼するよ。これから大事な会議があるのでな」
そう言って、こちらに背を向け歩き出すクロヴィス。
アレクシスはそんなクロヴィスの背中を見つめ、しばらく呆然としていたが、不意に、何かを思い出したようにクロヴィスを呼び止める。
「兄上!」
「……何だ?」
「俺はまだ、兄上の望みを聞いていない」
そう。
『負けた方が、勝った方の望みを聞く』――これはそういう勝負だった。
アレクシスは、未だ納得はしきれていなかったが、それでも負けは負けである。約束は守らなければならない。
そう思って尋ねたのだが、クロヴィスは『まるで忘れていた』という顔で、あっけらかんと言い放つ。
「あいにく、お前に叶えてもらわねばならないような望みはないのでな。その権利は、いつか然るべきときに使わせてもらうとしよう」
――と、驚くアレクシスをそのままに、「明後日の決闘、楽しみにしている」とだけ言い残して去っていく。
「…………」
(然るべきときだと? いかにも、兄上らしい曖昧な答えだな)
アレクシスは、そんな兄の背中を睨むような目で見送った。
皮肉気に顔を歪め、それこそ、一部始終を離れた場所で見守っていたセドリックから、声をかけられるその瞬間まで。
「――殿下。そろそろ定例会議のお時間です」
「……ああ。わかっている」
(にしても、兄上の言った『大切なもの』とはいったい何だ? やはりエリスのことか? ……兄上の言葉は、まどろっこしくてよくわからん)
アレクシスは大きく溜め息をつき、身を翻す。
そうして、すっきりしない気持ちのまま、訓練場を後にした。



