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そして今、アレクシスは剣を片手にクロヴィスを鋭く見つめ――セドリックの試合開始の合図と共に、容赦なく、クロヴィスへと斬り込んだ。
――のだったが……。
「兄上……! お待ちください、兄上……!」
試合開始から十分が過ぎた今、アレクシスは、訓練場から出ていこうとするクロヴィスの背中を追いかけていた。
その顔を、怒りと屈辱に染めて――。
「兄上ッ! お待ちを……、――おい、待てと言っている!」
アレクシスは、立ち止まりもしないクロヴィスの肩を背後から掴み、力任せに自分の方を振り向かせる。
するとクロヴィスは、まるでアレクシスをからかう様に、「何だ?」と微笑んだ。
その小馬鹿にした様な態度に、アレクシスは顔をしかめる。
「それはこちらの台詞だ! 何だ、さっきの戦いは! まさかあのような卑怯な手を使うとはッ!」
「卑怯? いったい何のことだ?」
「とぼけるな! 最後の一撃……あの直前、兄上はあの場にいもしない『エリス』の名を……。あんな戦い、俺は認めない!」
――先ほどの試合、押していたのはアレクシスの方だった。
序盤はスピードとテクニックのあるクロヴィスが優勢だったが、アレクシスが持久力勝負に持ち込み、試合開始から五分経過した頃に形勢が逆転。
ついにアレクシスがクロヴィスを追い詰め、誰もがアレクシスの勝利を確信した。
だが――。
アレクシスがクロヴィスの剣を薙ごうとしたその瞬間、クロヴィスはアレクシスの背後に視線を向け、驚いた様にこう呟いたのだ。
「エリス妃?」――と。
当然、それはクロヴィスの罠だった。
けれど、まさかそうとは思わなかったアレクシスは、その声に導かれるまま背後に気を取られ、その隙を狙われた結果、敗北したのである。



