【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜


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『例の条件を無くす』

 それは、先ほど執務室にて、アレクシスがクロヴィスに約束させた内容だった。


「お相手、お願いします、兄上。――ですが、ただの手合わせではつまらないでしょう。どうです? ここはひとつ、負けた方が勝った方の望みを聞くというのは」


 それは、アレクシスが咄嗟に思いついた浅知恵だった。
 チェスは無理でも、剣ならば、と。

 つまり、アレクシスはこの手合わせを利用して、クロヴィスが提示した『立会人を引き受ける条件』を取り下げさせようと考えたのだ。


(確かに兄上は強い。だが、前線を退いて久しい兄上に、負ける気はしない)


 ――生きる伝説。天賦(てんぶ)の才。

 クロヴィスを形容する呼び名は多くある。

 事実、クロヴィスはあらゆる才能に恵まれていたし、アレクシスは剣術でさえ、一度たりともクロヴィスに勝てたことはない。


 だがそれは、アレクシスがまだ幼かったからだ。

 彼がクロヴィスに剣を教わったのは、母親であるルチア皇妃が亡くなるまでの、一、二年の間だけ。

 クロヴィスの実弟であり、アレクシスの異母弟(と言っても年齢は同じだが)の第四皇子ルーカスと、自分。そしてセドリックの三人で、鬼畜とも言えるクロヴィスのしごきに耐えたのは今となってはいい思い出だが、今はそのときとは状況が違う。

 アレクシスは十歳にも満たない少年ではないし、クロヴィスが軍を退役してから、七年もの月日が経っているのだから。



「いかがでしょう、兄上」

 アレクシスは、クロヴィスを挑発的に見定める。

 すると流石のクロヴィスもこれは意外だったのか、何かを考えるように目を細めた。


「ほう? お前が私に勝負を持ち掛けると?」
「はい。俺が勝ったら、例の条件を取り下げてください。決闘には俺一人で臨みます。兄上は、ただ黙って立会人を引き受ける。どうです?」
「…………」