(ああ、気が重い……)
アレクシスは、複雑に絡み合う感情に苛立ちを感じながら、ようやく自身の執務室へとたどり着き、扉を開けた。
すると次の瞬間、ソファに悠々と腰かける兄クロヴィスの姿が目に飛び込んできて、アレクシスは警戒心を募らせる。
「……兄上? なぜ、俺の部屋に……」
いや、そんなことは聞くまでもない。
決闘まであと二日。
きっとクロヴィスは、確認にきたのだろう。
自分がエリスに決闘の話をしたのか、様子を探りにきたのだ。
アレクシスはそう予想したが、クロヴィスの口から出たのは、全く別の話だった。
「ここ数日、午後になると執務室からお前たちの姿が消えると聞いてな。仕事そっちのけで訓練場に入り浸っているそうじゃないか。まぁ、気持ちは理解できるが」
「……! ……それは」
クロヴィスは、扉の前で罰が悪そうに視線を逸らすアレクシスと、この期に及んですまし顔を貫くセドリックを交互に見つめ、ニコリと微笑む。
「そんな顔をするな。どうせあと二日だ、好きにしたらいい。――が、いつも同じ相手では味気ないだろう。今日は、私がお前の相手になってやろうと思ってな」
その言葉に、目を泳がせていたアレクシスは、ハッと顔を上げる。
「――兄上が、俺の相手を?」
「私が相手では不服か?」
「まさか。幼い俺に剣の稽古をつけてくださったのは、他ならぬ兄上ですから。ですが、兄上はもう何年も剣を握っておられないのでは」
「実戦はな。だが、剣の稽古は今も欠かさず行っている。全盛期ほどとはいかないが、お前の練習相手になってやるくらいはできるだろう」
「…………」
「どうする? アレクシス」
”剣舞の天才”と呼ばれ、戦場では一騎当千。スピードと軽やかさで敵兵を翻弄し、まるで舞う様に剣をふるうクロヴィスの姿は、とても美しいものだったと、兵士たちの間では今もなお語り継がれている。
残念ながらクロヴィスはたった三年で軍を退いてしまったが、もしクロヴィスが軍に残り続けていたら、今のアレクシスの統帥の座は、間違いなくクロヴィスのものだっただろう。
(兄上が……俺の相手を……)
――そんなの、答えは一つしかないではないか。
「やります。お相手、お願いします、兄上」



