「ところで姉さん。馬車の用意ができたって、ジークフリート殿下が」
「――!」
その言葉に、エリスは再びハッとする。
そうだ。自分は一刻も早く、エメラルド宮に戻らなければならないのだった――と、気持ちを切り変える。
「わかったわ。急いで宮に戻りましょう」
だが、エリスが部屋の扉を開けた――そのときだった。
廊下の先にある、リビングの更に向こう側、スイートルームの玄関の方が、何やら騒がしいことに気付く。
「……?」
(何か、あったのかしら?)
――が、そう思うと同時に、エリスは新たに気付いてしまった。
騒いでいるうちの一人が、他でもない、アレクシスであることに。
「エリス! どこだ……!」と、自分の名を叫んでいることに――。
「――っ」
刹那――エリスは床を蹴っていた。
昨夜、ジークフリートから不義の噂を聞かされたときはあれほど不安に思ったのに、そんな気持ちはどこかへと吹っ飛んでしまっている自分がいた。
――ああ、どうして彼がここにいるのだろう。
いつ帰ってきたのだろう。
噂はもう聞いただろうか。
お腹の子どものことは知っているのだろうか。
どうやってこの場所を……。
ああ、もしや彼は、一晩中自分のことを探してくれていたとでもいうのか。
だからあんなに、焦った声で自分を呼んでいるのだろうか――。
「アレクシス殿下……!」
エリスはアレクシスを呼びながら、リビングへと駆け込んだ。
すると、ジークフリートの胸倉を掴むアレクシスと目が合って――次の、瞬間。
「エリスッ!」
気付けばエリスは、アレクシスの逞しい腕に、しっかりと抱かれていた。



