エリスは数秒の沈黙ののち、「はい」と小さく頷いた。
すると、ジークフリートは唇にゆるりと弧を描く。
「なら、君はどうか毅然としていて。正直、アレクシスがこの件に対してどんな反応を見せるのかは、僕にもわからないんだ。でも、君がアレクシスの手綱を握っていてくれれば、きっと大丈夫」
「……手綱、ですか?」
「うん、手綱。彼は昔っから、後先を顧みずに突っ走っていくところがあるからね」
ジークフリートはやれやれと肩をすくめると、椅子から立ち上がる。
「じゃあ、僕はシオンを呼んでくるよ。彼、随分思いつめているから、今夜は側にいてあげてくれる? ――ああそれと、シオンには何日泊まっても構わないと言ったけど、アレクシスの手前、君をここに留めておくことはできないんだ。明日の朝には帰りの馬車を手配するから、そのつもりでいてほしい」
「はい、それで構いません。何から何まで、ありがとうございます」
「どういたしまして。食事も後で運ばせるね。じゃあ、また明日」
「はい。おやすみなさいませ、ジークフリート殿下」
「うん、おやすみ」
最後にニコリと美しい笑みを浮かべ、背を向けるジークフリート。
エリスはその背中が扉の向こうに消えるのを見送って、決意する。
(わたしはまだ、ジークフリート殿下の言葉の意味を、全て理解できたわけではないけれど……)
ここまでしてくれたジークフリートの恩に報いるためにも、決してこの問題から目を逸らさないと。
少なくとも、アレクシスひとりに負担を強いることは、絶対にあってはならないと。
(そのために、まずはシオンをどうにかしなきゃ。あの子がそんなに思いつめるなんて、余程のことだもの)
二ヵ月ほど前、シオンがエメラルド宮を出て行ったあの日、シオンは明らかに様子がおかしかったのに、自分は追いかけることができなかった。
あのときの後悔を、絶対に繰り返してはいけない。
エリスはそんな思いで、ジークフリートと入れ替わりで駆け付けてきたシオンを、部屋の中へと招き入れた。



