祖国で姦通の濡れ衣を着せられたエリスにとって、何よりも恐ろしいのは、アレクシスから疑いの目を向けられることだった。

 リアムに襲われかけたことよりも、周囲から軽蔑の目で見られることよりも、アレクシスにどう思われるかが、何よりも気掛かりだった。

 と同時に、この件によってアレクシスをどれほど思い悩ませてしまうかと考えると、胸が苦しくてたまらなくなった。


 アレクシスの愛を信じていないわけではない。
 むしろ、信じているからこそ怖いのだ。

 かつてユリウスが、少なからず自分を愛してくれていたことを知っているから。

 愛があるからこそ、その気持ちが憎しみに変わるのは一瞬なのだと分かるから。

 相手への思いが強ければ強いほど、心に深い傷を負わせてしまうものだと、身をもって感じているから。


(リアム様は殿下のご友人だもの。きっと殿下は、とても悩まれるはずよ)

 
 エリスは、アレクシスへの申し訳なさに、ふるふると肩を震わせる。

 するとジークフリートは、そんなエリスの感情を見透かすように目を細めた。

「君たち姉弟は本当によく似ているね」と囁くような声で言い、エリスの瑠璃色の瞳をじっと覗き込む。

「シオンも同じようなことを言っていたよ。自分がもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかったと」
「そんな! シオンに非はありませんわ……!」
「うん、僕もそう思うよ。シオンは少しも悪くない。でも、それは君も同じだよ」

 咄嗟に声を荒げたエリスに、ジークフリートは諭すような声で続ける。

「確かに今回の件、君は偶然にも最後の引き金を引いてしまったのかもしれない。でも、悪いのは君じゃない、ルクレール卿だ。あるいは、彼の気持ちに気付こうとせず、問題を放置し続けたアレクシスに責任があると、僕は思う」
「…………」
「少なくとも、アレクシスは僕と同じように考えるだろう。だから君もシオンも、そんなに思いつめる必要はないんだ。君が悩めば、その分アレクシスは自分を責めなければならなくなる。それは、君の望むところではないだろう?」

 その言葉に、エリスは大きく目を見開いた。
 
 確かに、ジークフリートの言う通りだと。
 アレクシスを悩ませるのは、自分の本意ではない。