その瞬間、アレクシスはぞわっと全身の毛が逆立つのを感じた。
舞踏会のとき自分に向けた敵意がまるで嘘のように、屈託のない笑顔を浮かべるシオンに、勘ぐらずにはいられなかった。
(こいつ、いったいどういうつもりだ……?)
――と。
確かに、自分とシオンは初対面であることになっている。
というのも、アレクシスが舞踏会の翌日クロヴィスに、「エリスは自分がシオンに眠らされたことに気付いていなかった。だから俺は、シオンとは会わなかったことにした」と伝えたところ、こう言われたからだ。
「ならば、わざわざ真実を伝える必要はない。昨日の件は、初めからなかったことにしておけ」と。
これはつまり、『自分とシオンが対面した事実は存在しなかった』ということであり、それはエリスがシオンとやり取りしていた手紙の内容からしても明らかだった。
おそらくクロヴィスが上手いこと取り計らったのだろう。
シオンからエリスに宛てられた手紙には、舞踏会でアレクシスと会ったことには一言も触れられず、ただ、『クロヴィス殿下とアレクシス殿下の計らいで、帝国に留学できることになりそうだ』というようなことしか書かれていなかったからだ。
だから、シオンが「初めまして」と挨拶をすることについては何の違和感もない。
けれどだからといって、ここまで好意的な笑顔を向けられる心当たりは皆無だった。
――とはいえ、ここで握手をし返さなければ、エリスに不要な心配を与えることになるだろう。
そう考えたアレクシスは、不本意ながらもシオンの右手を握り返したのだ。
それが悲劇の始まりになるとも知らずに――。



