「…………」

(こういうとき、殿下ならどうするのかな。『問題ない』って、自信満々に言うんだろうか。宮廷舞踏会で、踊れなくなった姉さんに言ったみたいに)

 ――いや、流石にそれはないだろう。
 なぜって、今回のことは外ならぬ、『アレクシス自身が原因』なのだから。


「……ああ、何かもう、疲れたなぁ」

 いっそこのまま、エリスを連れて国外逃亡でもしてしまおうか。
 何のしがらみもない場所で、一からやり直すというのも手かもしれない。

 そんな、一度は捨てたはずの自分本位な望みが、シオンの中でムクムクと頭をもたげる。

 もう、何もかもが面倒だ。
 この場所から、エリスと二人逃げ出してしまいたい――そう、心が闇に囚われかける。


 だが、そのときだった。

 シオンの思考を無理やり現実に引き戻すかのように、何の前触れもなく、耳元に「ふぅっ」と吐息らしきものを吹きかけられたのは。


「――ひッ!?」

 刹那、あまりにも突然のことに、シオンは悲鳴を上げて飛び上がった。
 と同時に背後で上がる、ケラケラという笑い声。

 その屈託のない子供のような声に、シオンは怒りを覚えながら、ゆっくりと背後を振り返る。
 
 するとそこにいたのは――、

「君、相変わらず耳弱いんだね。変わってなくて安心したなぁ」

 と美しい笑みを浮かべる、この部屋(スイートルーム)の借主――ジークフリート・フォン・ランデルの姿だった。