【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜


 それはシオンが帝国に来てからも変わらない。
 セドリックとは無難な挨拶を交わす程度で、会話らしい会話をした記憶は一切ない。

 それなのに今、セドリックは自分が起きるのを待っていたかのように、こちらを見下ろしている。

 その冷えた眼差しに、シオンは悟った。

(ああ、そうか。この男は僕に、『処分』を下すためにここにいるんだな)
 ――と。

 昼間、自分が起こした騒ぎ。
 その内容がアレクシスに伝わったのだろう。

 ということつまり、自分は今日明日中にここを追い出されるはず。

 だがそれも致し方ない。自分は、それだけのことをしでかしたのだから。

 シオンはきゅっと唇を結ぶと、ソファから足を下ろしセドリックに向き直る。
 未だ黙ったまま、こちらの様子を伺うような視線を寄こすセドリックを、毅然(きぜん)と見据えた。

 するとようやく、セドリックが口を開く。

「私は殿下から、あなたへの『伝言』をお伝えする役目を仰せつかっております。けれどその前に一つ、昔話をさせていただいても?」
「昔話、ですか?」
「ええ。私がまだ十二のころ、ランデル王国に半年ほど滞在していたときの思い出を」
「…………」

(このタイミングで昔話? いったいどういうつもりで……)

 シオンは訝し気に眉を寄せる。――が、自分に拒否権はない。

 シオンが小さく頷くと、セドリックは薄く微笑み、語り出す。

「全ては十二年前、皇帝陛下の第三夫人であり、殿下のお母上、ルチア皇妃が事故でお亡くなりになったことから始まりました――」