リアムはエリスのすぐ前に立つと、ニコリと微笑み、脈絡もなくこう言った。

「皇女殿下はお越しになりませんよ」――と。

「……え?」
「『急用ができた』と、あなたの字で(ふみ)を出しておきましたから」
「…………」

(いったい、どういうこと……?)

 全く訳がわからない。なぜリアムがそんな手紙を出す必要があるのか。
 エリスは酷く混乱する。

 そんなエリスを前に、リアムはテーブルの上の紅茶をチラリと見やり、こう続けた。

「……良かった。その紅茶、飲んでいただけたのですね」と。

 放心するエリスの反応を確かめるように、一層笑みを深める。

「そのお茶は、あなたが頼んだものではありません。私が用意させたものです」
「――!?」
「大丈夫、毒など入っておりませんから。ただ数滴、眠気を誘う薬を入れただけ」
「……!」
  
 ――そんな、まさか、どうして。

 エリスは(いきど)った。
 よもや、こんな人気(ひとけ)のある場所で薬を盛られるなどと、誰が予想しただろう。

 エリスは咄嗟に椅子から立ち上がり、リアムから距離を取ろうとする。
 けれど薬が回り始めていたのか、エリスはたちまち眩暈を起こし、その場にへたり込んでしまった。

「……っ」

 眠い。身体に力が入らない。――声が、出ない。

(……どう、して……こんな……)

 まるで天地がひっくり返ったように目が回り、意識が闇に引きずり込まれる。

 目を開けていられない。眠くて、――眠くて。


 エリスはもはや成すすべもなく、

「手荒なことはしませんから、ご安心を」

 ――というリアムの声を遠くに聞きながら、意識を手放したのだった。