【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

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 それから三十分ほどして、シオンはようやく目を覚ました。

 灯りが眩しい。自分はいつの間に眠ってしまっていたのだろうか。
 彼はゆっくりと身体を起こし、そこでようやく、エリスの姿がないことに気が付いた。

「……姉さん?」

 シオンは無意識にエリスの姿を探そうとする。
 けれどそれより早く、「エリス様なら、殿下と夜の庭園を散歩中ですよ」との声が聞こえ、ハッとそちらを振り向いた。

 するとそこには、ローテーブルを挟んだ対面のソファに腰かけて、どことなく冷たいオーラを放つセドリックの姿がある。

「セドリック殿……?」

 シオンは驚いた。
 エリスの部屋で、セドリックと二人きり。侍女の姿もない。
 これはいったいどういう状況だろうか。

「あの……僕に何か御用でしょうか」

 シオンはまだ、セドリックと殆ど言葉を交わしたことがなかった。
 まともに話したのは、三ヵ月前の宮廷舞踏会のときだけだ。


 ――それは第二皇子クロヴィスから『話し合い』という名の尋問を受け、目的を洗いざらい吐かされた後のこと。
 ジークフリートと共に帰りの馬車に乗る直前、セドリックに呼び止められこう聞かれた。

「ところでシオン様。つかぬことをお聞きしますが――エリス様の肩の傷は、いったいどういった理由でできたものなのでしょうか」と。

(肩の傷? 姉さんの……?)

 シオンは予期せぬ質問に驚いたが、すぐにそれが、火傷の痕のことであろうと思い至る。
 けれど彼はアレクシスに強い敵対心を燃やしていたため、絶対に教えてやるものかと、このように答えたのだ。

「姉さんが教えていないことを、僕が言うわけにはいきません」――と。

 するとセドリックはすぐに「それもそうですね」と引き下がったため、それ以上会話は続かなかった。