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『先日のお申し出は、お受けすることはできません』

 エリスが悩みに悩んだ末、リアムに返事を出したのは、一週間前のこと。

 それはエリス自身が出した結論だったが、それと同じほど、シオンが激怒したことが大きかった。


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 そもそもは十日前。

 お茶会の晩に冷えた空気に当たったせいで熱を出したエリスは、三日三晩もの間寝込み、シオンから叱責された。

「妊娠中に夜風に当たるなんてどうかしてる! 取り返しのつかないことになったらどうするつもりなんだ!」

 ――と同時に、厳しい詰問を受けた。

「リアム様にいったい何を言われたの? 言うまで、姉さんの側を離れないから」

 それでもエリスは最初、これはあまりにもプライベートなことだからと口を閉ざした。

 けれど痺れを切らしたシオンが、「姉さんが答えないなら、リアム様に直接聞きに行くけど、いいんだね?」などと言い出したものだから、話さないわけにはいかなくなってしまったのだ。


(……あのときのシオンは、本当に怖かった)


 ひとまず、オリビアが火傷を負ったことと、その原因がアレクシスであることさえ伏せておけば、問題にはならないだろう。

 そんな考えの下、
「オリビア様を殿下の側妃にしてくれるよう、頼んでくれないかと言われたの」
 と口にした瞬間、明らかに変わったシオンの顔色。

 口調こそいつも通りだったが、まるで人を射殺しそうなほど冷たい瞳で、シオンはこう呟いたのだ。

「そういうことか」――と。

 エリスにはその意味はわからなかった。

 けれど、シオンが心の底から怒っていることだけは理解した。
 なぜならエリスはそれまで一度だって、あれほど冷たいシオンの顔を見たことはなかったのだから。