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窓に打ち付ける雨音を遠くに聞きながら、リアムは拳を握りしめる。
目を閉じれば昨日のことのように蘇る、「オリビアを妃に迎えるつもりはない」と言い放った、アレクシスの冷たい声。
思えば、あの時から自分は、アレクシスへの復讐心を募らせていたのだろう。
(アレクシス。君は何もかもを手にしておきながら、私からオリビアを引き離そうとするのか)
その感情が逆恨みだという自覚はあった。
けれど、オリビアを失うことが決まってしまった今のリアムに、守るものは何もない。
家の存続も、与えられた役目も、立場も理性もプライドも、欠片も意味をなさなかった。
今彼の中にあるのは、アレクシスへの憎悪と復讐心。
ただ、それだけ。
(君も知るべきだ。私のこの胸の痛みを……。愛する者を失う、その苦しみを)
そのためにすべきことは、ただ一つ。アレクシスから、エリスを奪ってやること。
問題は、その方法だ。
――そう考え始めた、その矢先。
部屋の扉がノックされ、「私です」と若い侍従の声がした。
どうやら、頼んでいたものを入手したようだ。
入室を許可すると、侍従は周囲を警戒するような素振りで室内に入り、大きめの封筒を差し出してくる。
「こちら、頼まれていたカルテです」
「誰にも気付かれていないな?」
「はい。往診中を狙って忍び込みましたから」
「よくやった。これは報酬だ、好きに使え」
リアムは札束と引き換えに封筒を受け取ると、すぐに侍従を下がらせ、中身を確認する。
――それは間違いなく、エリスのカルテだった。
今朝、エリスから届いた手紙を読んですぐ、侍従に命じて診療所に盗みに行かせた、日付のみ書かれた無記名のカルテ。
これがきっと、アレクシスへの復讐の鍵になる。
リアムには、確かにそんな予感があった。
そしてその予感は、見事的中した。
カルテに書かれていたのは、『妊娠の兆しあり』との一文。
それを目にしたリアムは、一瞬驚きに目を見張ったが、すぐにほくそ笑む。
(……懐妊、か。――アレクシス。君のエリス妃への愛がいかほどか、見せてもらおう)



