【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

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(気の利いた文章一つ書けんとは……情けない)

 そもそも、アレクシスは最初、ハガキを書く気などさらさらなかった。

 アレクシスの中での手紙とは、『近況報告』あるいは『連絡事項』を伝える『手段』でしかないからだ。

 それだって、基本的にはセドリックに代筆させてしまうわけで、自分で書いた経験と言えば、それこそ、セドリックに内緒にしなければならなかったリアムとのやり取りくらいなもの。

 だがジークフリートから、「君はどうする? エリス妃へ手紙は送った?」と聞かれ、
「いや。送っていない」と答えてしまったことで、書く方向へと流れが変わってしまった。

「一月も離れているのに、手紙一つ送らないってどうなんだい? まぁ、君の交友関係は営倉(えいそう)なみに狭いからね。手紙なんてまともに書いたことないだろうし、仕方ないか」と冷めた目で見られたからである。 

 売り言葉に買い言葉。

「俺だって手紙くらい書ける」と言ってしまったが運の尽き。
 実際にやったことのないことを突然やろうとしても、上手くいかないのは世の常である。

 しかも、目の前にはジークフリートがいるわけで。
 書くところを目の前で見られていると思うと、恥が出てくるのか、どうしても筆が進まない。

 更に、今書こうとしているのは絵ハガキである。

 封書ではなく、絵ハガキ。
 封筒に入れない分、手にした者全員に内容を読まれてしまうという危うさを秘めている。


 アレクシスは、「はぁ」と溜め息をついて、気分を変えようと視線を上げた。

 すると目に映るのは、見渡す限り広がる、夕日に染まりかけた美しいオレンジ色の海。
 今いるのは高台なだけあって、まさに絶景だ。

 絵ハガキのイラストも、今見えている景色と同じものを選んだ。

 エリスの祖国は三方を海に囲まれている。ならば、ここはやはり『海』の絵がいいだろうと思ったからだ。

 だがいくらイラストが良くても、メッセージが貧相では魅力が半減してしまうのでは。

 今まで一度たりと手紙の文面について悩んだことのないアレクシスが、そんなことを考えてしまうほど、今のアレクシスにとってエリスの存在は大きかった。