(思い出せば出すほど、わたしは殿下のことを何も知らないわ。それなのに、どうして大丈夫だなんて思ったのかしら。殿下がオリビア様を受け入れない保証なんて、どこにもないのに)
リアムは言っていた。オリビアは『火傷を負った』のだと。そしてそのことを、アレクシスは知らないのだと。
だとするなら、もしその火傷の痕のことを知ったら、アレクシスはどう思うだろうか。
(殿下はお優しいから……もしかしたら……)
その可能性を考えた瞬間、エリスの心臓がキュッと締め付けられる。
きっと大丈夫だと思いたいのに、信じたいのに、それが出来ない自身の心の弱さが、心底嫌になった。
『返事は急ぎません。それに、難しければ断っていただいて構いませんよ。もともと、無理は承知の上ですから』
リアムにそう言われ、すぐに「無理だ」と答えられなかった自分にも腹が立つ。
(シオンにまで嘘をついて。わたし、本当に最低だわ)
『リアム様と何を話していたの?』
帰りの馬車の中でそう尋ねたシオンに、エリスはつい、『大したことは話していないわ』と答えてしまったのだ。
当然シオンは納得のいかない顔をしたが、『そう』と短く答えるだけで、それ以上は何も言ってこなかった――それが余計に、エリスの罪悪感を増すことになった。
(もう……どうしたらいいのか、わからない)
こんなことなら、宮で大人しくしておけばよかった。
シオンの言うとおり、外出などしなければよかった。
アレクシスが戻ってくるのを、ただ大人しく待っていればよかったのだ。
(……殿下に、会いたい)
エリスは膝を抱えたまま、ひとり静かに目を閉じる。
その瞼の裏にアレクシスの姿を思い浮かべ、すっかり身体が冷え切ってしまうまで、エリスはいつまでも、そうしていた。



