(……寒い。何か羽織ってこればよかったわ)
エリスは身体を震わせながら、中庭のベンチに腰を下ろす。
冷えた空気から少しでも体温を守ろうと、ベンチの座面に両足を上げ、膝をかかえてうずくまった。
そうして、再び考える。
どうして自分は、こんなにも不安で不安で仕方がないのだろう、と。
――アレクシスがいないせいか。それとも、リアムに頼まれた内容のせいだろうか。あるいは――。
(ああ、そうだわ。……わたし、殿下のこと、何も知らないんだわ)
アレクシスとオリビアの関係も。二年前にトラブルがあったということも。
建国祭で、アレクシスがリアムと何を話そうとしていたのかも――自分は、何一つ知らない。
(殿下は、ご自分のことをお話にならないから……)
建国祭の夜、『初恋だった』と知らされてから三ヵ月。
だがその間に一度だって、アレクシスが過去を語ることはなかった。
(そう言えば、以前殿下に誕生日を尋ねたときも、はぐらかされてしまったわね)
それはまだ二人が思いを通じ合わせるよりずっと前のこと。
エリスが誕生日について尋ねたとき、アレクシスはあまりにも素っ気なく答えたのだ。
「二月だが――俺は誕生日を祝わない。よって、君にしてもらうことは何もない」――と。
その声の冷たさは、『誕生日に嫌な思い出でもあるのだろうか』と、エリスが勘繰るほどだった。
とにかく、それ以降エリスは、アレクシスに昔のことを尋ねないように気を付けてきた。
エリスの方も、祖国について話せないことが多く、アレクシスが昔話をしてこないのは都合がよかった。
だが、気持ちが通じ合った後もその習慣のままきてしまったせいで、エリスはアレクシスのことを殆ど知らないのである。



