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そもそもの事の発端は一週間前。
悪阻で倒れたエリスがルクレール家の屋敷で世話になった、その帰り際のこと。
オリビアが「兄を紹介する」と言って、一人の男を連れてきた。
すると運の悪いことに、その男――リアムは、エリスの知り合いだったのだ。
「リアム、様……?」
「……あなた、は」
(――! この二人、まさか知り合いなのか!?)
シオンは、お互いを見つめ合う二人の姿に、ドッと全身から冷や汗が噴き出るのを感じた。
――まずい。もしこのリアムとかいう男が、姉さんの本当の名前を呼んでしまったら全てが終わりだ、と。
だがリアムは、そんなシオンの心配を拭い去るように、オリビアからの「二人はお知り合いでしたの?」という質問に、このように答えたのだ。
「いや。一度、偶然お会いしただけだ。彼女は建国祭のとき、迷子の子供を保護してくださったんだよ」と。
(――!)
つまりリアムは、こちら側の事情を察し、上手く誤魔化してくれたのだ。
シオンは、リアムのそんな咄嗟の判断に心の中で賞賛を贈った。
念のため、帰りの馬車の中でエリスにリアムとの関係を尋ねてみると、
「リアム様は軍人で、殿下の古くからのご友人よ。建国祭で川に溺れた子供を助けたとき、協力してくださったの」と返ってきたことで、安心感は一層増した。
なるほど。アレクシスの友人ならば、きっと下手な詮索はしないだろう。
それに、たとえエリスの懐妊の事実を知ろうと、黙っていてくれる可能性が高い、と。
けれどその四日後、エリスの元にリアムから『お茶会の招待状』が届いたことで、シオンはいくらかの不安を抱くことになった。



