確かに、オリビアはアレクシスの女嫌いのことをよく理解している。
オリビアの兄リアムとは八年ほどの付き合いだ。
つまりそれと同じだけ、オリビアとも望まぬ接点を持ってきたということになる。勝手知ったる仲――とは言えねども、媚薬を盛るような他国の王女たちに比べれば、いくらかマシな相手だろう。
だが、アレクシスにとっての「結婚」とはそんなに簡単な問題ではなかった。女嫌いのアレクシスにとって、人生で最も重要な事柄なのだ。
それに、アレクシスはオリビアのあけすけした物言いが心底苦手だった。
穏やかな兄リアムと違い、妹のオリビアはとても気が強く、プライド高い。侯爵家の令嬢なのだから当然と言えば当然だが、それにしたって、まだ十五にも関わらず「妃の一人でも娶れば、煩わしい縁談からも解放される」などと、知った風な口で言いくるめようとしてくる、傲慢な態度も受け入れがたかった。
だからアレクシスは、差し出されたカップには見向きもせずに、冷たく言い放つ。
「出ていけ」――と。
目の前のカップを押し戻すようにしてソファから立ち上がり、オリビアを刺すような視線で見下ろした。
「俺はお前を娶る気はない。もし再びその話を口にしてみろ。俺の権限で、リアムを僻地に飛ばしてやる。侯爵にもそう伝えておけ」
「――!」
言いすぎだという自覚はあった。
あったけれど、これまで何度もオリビアに婚約を迫られてきたアレクシスは、もう我慢の限界だった。
だからリアムの名前を出してまで、オリビアを遠ざけようとしたのだ。
――けれど、それがいけなかったのだろう。
「お前が出ていかないなら、俺が出ていく」と背を向けたアレクシスを引き留めようと、オリビアがアレクシスの腕を掴む。
と同時に、咄嗟にそれを撥ね退けようとしたアレクシスの腕が、オリビアの身体を突き飛ばし――次の瞬間。
「……よろめいたオリビアがワゴンにぶつかり、倒れたポットの熱湯が……オリビアの左手に、かかってしまったんだ」



