【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜


 ◇
 

『オリビアの結婚』

 それをアレクシスに伝えるべく、セドリックは一度大きく咳ばらいをする。そうして、再び切り出した。

「オリビア様が、近々ご結婚なさるようですよ」と。

「……っ」

 すると、セドリックの口から飛び出した『結婚』の二文字に、アレクシスは大きく目を見開いた。

「結婚? オリビアが?」と小さく零し、やや逡巡する。
 その顔に映るのは、驚きと困惑。そして、安堵だろうか。

 あれだけ自分にアプローチをかけていたオリビアが、別の男と結婚する。それすなわち、自分のことは綺麗さっぱり諦めてくれたということだ、とでも考えたのか。
 あるいは、オリビアが(・・・・・)怪我したことを(・・・・・・・)知っていた(・・・・・)からこその、安堵なのか。

 セドリックはアレクシスの様子を観察しつつ、低い声で続ける。

「ですが、少々妙なのです」

「妙? いったい何がだ」
「オリビア様の結婚相手が、子爵なのです。それも、四十を超えた方だと」
「――!」
「オリビア様は侯爵家のお方。それなのに、二回りも離れた子爵に嫁ぐなどありえません。しかも、婚約式すら済ませずに嫁がれるとのこと。これを妙と言わずして、何と言いましょうか」
「…………」

 するとアレクシスは、セドリックの諭すような声音に、何か勘づいたのだろう。やや顔色を悪くし、ぐっと押し黙る。 
 そんなアレクシスの態度に、セドリックは確信めいたものを感じた。

(ああ。やはり殿下は、オリビア様が怪我を負ったことを知っていらっしゃったのだ。――いや、それどころか、殿下のこの反応は……)

 夕暮れ時――(くれない)に染まる密室で、セドリックはアレクシスをじっと見つめる。
 そうして、静かな声でこう尋ねた。

「もう一度聞きます。二年前、オリビア様と何があったのですか?」
「…………」
「オリビア様は二年間、病気で療養していることになっていました。けれど実際は、火傷の治療のためであったと、元使用人の女性から聞いたのです。ですが結局、傷痕は消えることなく……今は片時も手袋(・・)を手放せなくなってしまったと。私が思うに、オリビア様が子爵家に嫁ぐことになったのは、その火傷の痕が原因なのでは」
「…………」
「殿下。あなたは今の話を聞いても、口を閉ざすおつもりですか? そんなはずありませんよね」