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『オリビアの結婚』
それをアレクシスに伝えるべく、セドリックは一度大きく咳ばらいをする。そうして、再び切り出した。
「オリビア様が、近々ご結婚なさるようですよ」と。
「……っ」
すると、セドリックの口から飛び出した『結婚』の二文字に、アレクシスは大きく目を見開いた。
「結婚? オリビアが?」と小さく零し、やや逡巡する。
その顔に映るのは、驚きと困惑。そして、安堵だろうか。
あれだけ自分にアプローチをかけていたオリビアが、別の男と結婚する。それすなわち、自分のことは綺麗さっぱり諦めてくれたということだ、とでも考えたのか。
あるいは、オリビアが怪我したことを知っていたからこその、安堵なのか。
セドリックはアレクシスの様子を観察しつつ、低い声で続ける。
「ですが、少々妙なのです」
「妙? いったい何がだ」
「オリビア様の結婚相手が、子爵なのです。それも、四十を超えた方だと」
「――!」
「オリビア様は侯爵家のお方。それなのに、二回りも離れた子爵に嫁ぐなどありえません。しかも、婚約式すら済ませずに嫁がれるとのこと。これを妙と言わずして、何と言いましょうか」
「…………」
するとアレクシスは、セドリックの諭すような声音に、何か勘づいたのだろう。やや顔色を悪くし、ぐっと押し黙る。
そんなアレクシスの態度に、セドリックは確信めいたものを感じた。
(ああ。やはり殿下は、オリビア様が怪我を負ったことを知っていらっしゃったのだ。――いや、それどころか、殿下のこの反応は……)
夕暮れ時――紅に染まる密室で、セドリックはアレクシスをじっと見つめる。
そうして、静かな声でこう尋ねた。
「もう一度聞きます。二年前、オリビア様と何があったのですか?」
「…………」
「オリビア様は二年間、病気で療養していることになっていました。けれど実際は、火傷の治療のためであったと、元使用人の女性から聞いたのです。ですが結局、傷痕は消えることなく……今は片時も手袋を手放せなくなってしまったと。私が思うに、オリビア様が子爵家に嫁ぐことになったのは、その火傷の痕が原因なのでは」
「…………」
「殿下。あなたは今の話を聞いても、口を閉ざすおつもりですか? そんなはずありませんよね」



