高校生活が始まって数週間、少しずつ日中、気温の高くなる日が増えてきた。

帰りのHRが終わり朱理ちゃんと下校する。

「真冬ちゃんー、帰ろ!」

「うん。」

教室を出ようとしたとき、飛田先生に呼び止められた。

「あっ、篠原さん、ちょっと時間ある?」

「えーっと、、、。」

「笹野さんも一緒で大丈夫だぞ。」

朱理ちゃんを置いていくことはできないなと思って朱理ちゃんの方をチラッと見たのが先生は分かったのだろう。

「朱理ちゃん時間ある?」

「あるよん!てか、ついて行っていいの?」

「大丈夫だよ。篠原さんに提案という名のお願いをしたいだけだからね。」

先生はそう言って私たちを職員室に案内した。

「そこ座ってもらえるかな。」

わたしたちは初めてきた職員室に緊張しつつ椅子に腰かけた。

「話の内容は簡単だからすぐ終わるよ。時間くれてありがとうね。それで、お願いしたいことっていうのが、篠原さんの優秀さをお借りしたいなって考えているんだ。実は、入学したものの真面目に登校しないで授業をさぼっている生徒がいて、その生徒の学習のサポートをしてもらえないかなっていう内容なんだけど、どうかな?やってもらえたりする?」

えーっと、なんでわたしなのだろうか。

「その生徒なぜか木曜日は毎週学校来てるから、基本的には木曜の放課後にやるつもりでいるんだけど木曜の放課後空いてる?」

木曜は特に予定ないし、家に帰ってもつまらないから引き受けようかな。

でもわたしに務まるだろうか。

「それ、めっちゃいいですね!真冬ちゃんに適任な気がする。」

「やっぱり笹野さんもそう思う?」

「うんうん。この前真冬ちゃんに授業でわからなかったとこ教えてもらったとき、めーっちゃわかりやすく教えてくれたし!」

家で褒めてもらうことなんて滅多にないから、そう言ってもらえて嬉しかった。

「わ、わたしで良ければ、頑張ります。」

「おお!引き受けてくれる?」

「は、はい。よろしくお願いします。」

「ありがとう!」

先生は目に見えて嬉しそうにしていて、無邪気な少年のようだった。

「じゃあ、来週か再来週の木曜から始めようと思ってるからよろしくね。また後日、いつからやるか伝えるね。」

「はい。よろしくお願いします。失礼します。」

「気を付けて帰りなねー篠原さん、笹野さん。」

「はーい。先生、さよならー。」

職員室を出た途端に緊張が一気に解けた。

わたしにちゃんと務まるか不安だけれど、頑張ろう。

朱理ちゃんにも応援してもらったし、頑張らないと。

高校からの最寄りの駅で朱理ちゃんと別れ、わたしは徒歩で自宅に帰る。

わたしは徒歩通学で、朱理ちゃんは電車通学だ。

わたしの家は駅から10分くらい歩いたところにある。

家に着いたのが17:00頃で、今日は塾が19:00からあるのでそれまでにやらないといけないことをする。

例えば、制服から私服に着替えたり、夜ご飯食べたり。

塾までは自転車で通っていて、自転車で自宅から約15分のところにある。

誰もいない家にいってきますを告げて家を出る。

父は、大企業の会社員で仕事のできる人だから頼られることが多くて、常に忙しい。だから、家に帰ってくるのは遅いし、家を出るのも早いことがほとんど。

母は、薬剤師をしている。母も優秀なので頼られることが多く、ときどき帰りが遅いときがある。

両親が優秀だからわたしも両親のように優秀でありたい。両親から認めてもらいたい。そのためには勉強を頑張らないといけないの。だから、月、水、金の週3回塾に通っている。

今は中学のときに通っていた塾の高等部の方の塾に通っている。

クラスのおおよそが高校受験を一緒に乗り越えた子たちで中等部からの継続で通っているのだろう。

約3年間も通っていたにも関わらず、塾に友達はいない。

さすがに顔は知っているし、名前もわかる。けど、親しいわけではなく、単に同じ学力の同級生の集まりでしかない。

今日も淡々と授業を受け、帰宅する。塾の入り口を出て、自転車置き場まで向かう。

途中、夜空がきれいだったので空を見上げながら歩いていた時だった。地面に座り込むくらいの勢いで何かがぶつかってきたのは。

いたたた、、。

何にぶつかったのだろうとぶつかってきた物体のある方へ目線をうつすと、そこには同い年くらいで整った顔をしている男の子がいた。

「ご、ごめんなさいっ。わたし、よそ見してて。」

「いや、あんた悪くない。俺が悪い、ごめん。怪我してないか?」

「あ、はい。大丈夫だと思います。」

その男の子は座り込んでいるわたしに手を差し伸べてくれた。

「ありがとうござい、まっ、、。」

ありがとうございます、って言い終わらないうちに男の子はわたしの手を引っ張って走り出した。

「えっ、あ、あの!」

「頑張ってついてきて!」

は、はいー?なんで急に走らなきゃならないのー?

「おい!海堂、待ちやがれー!!」

え、ちょっと、なんかいかにも不良っぽい人たちが追いかけてきてるんですけどー!

この人なにしたの??なんでわたしも巻き込まれてるのー??

ひたすら引っ張られながら走ること5分、後ろから追いかけてくる人たちは見えなくなった。

はあ、はあ、、。

わたしは息を整えるのに必死になのに反して、男の子はなんて爽やかなんだろうか。

「大丈夫?急に走らせてごめん。あんたのこと置いてったら、あんたに被害出ると思って、、。」

「疲れたけど、大丈夫です。なんか、ありがとうございます。」

「感謝させるようなことしてないよ。むしろこっちが申し訳ない。」

男の子はそう言って頭を下げた。

「全然気にしないでください。走るのは得意じゃないけど、久々にこんな走って楽しかったですよ。」

「あんた、いい顔すんじゃん。」

え?

わたしが何のことを言ってるのかわからず、きょとんとしていると男の子は少し笑ってこう言った。

「いい笑顔してるってこと。さっきまでなんか暗い顔してたから。今の顔がいいよ、似合ってる。」

そう言われて、今わたしの口角が上がっていることに気付いた。

「お褒めにあずかり光栄です。」

「ふふっ、それはよかった。てか、家どこ?」

「え?」

「送ってくよ。」

「あ、いや、大丈夫ですよ。塾に自転車置いてきちゃったですし。」

「なら、まず塾まで戻るか。」

「塾までの道わかるんですか?」

「まあ、俺も通ってたし?」

「そうなんですか?」

「そうなんですよー。だから、ご心配なく。」

「ありがとうございます。お願いします。」

塾までの道のりは男の子がたくさん話題を振ってくれたから、あまり気まずくなかった。

無事に塾に着いて、自転車を手に取る。

「ほんとに送って行かなくて平気?」

「はい。ここまで送ってくれてありがとうございます。じゃあ、失礼します。」

「じゃあ、気をつけて。またね。」

「あっ、はい!また、、。」

わたしは自転車に乗ってその場を去った。

反射的にまた、と返してしまったけれど次会うことなんてあるんだろうか?

そんなことを考えながら家に帰った。