ポヨポヨな彼の正体を突き止めたいのですが?!

静かだ。


久しぶりの1人。


地面に映る影も1人。


朝早いせいか、校内の空気がヒンヤリとしている。


誰もいない教室は、私がこの世に1人だけしか存在しないと言いたげだ。


机の上の消しゴムのカス、下に落ちているアメの包装袋。


いつもなら多くの人がここにいたと言う痕跡。


それらが、さらに私を寂しくさせる。


大きな足音にハッとする。


「みうちゃん、おはよう! 聞いて聞いて」


へこむわ。


あっという間に、1人の時間が破られる。


少しホッとする私もいる。


1人じゃなかったと。


「バス乗ってる時に、外見てたら、電車が通過していったんだけど、その電車の2両目にみうちゃんが乗ってるの見えたんだよ!」


そう言い終わると、宙斗は両腕で頭をガードした。


「……何構えてるの?」


「いや、いつもならみうちゃんが怒鳴るか、叩いてくるから」


「そ」


「怒らないの?」


「もう、怒らないことにした」


「変なの食べた? みうちゃん」


「別に。なんかいちいち怒ってたら、エナジーがもったいないとわかっただけ」


「もう、僕、怒られないってこと?」


「そうね」


「ね、みうちゃん。お願いがあるんだ。今日、帰りにね、スコーン食べ放題に付き合って欲しい!」


「スコーン?」


「新しくできたお店でね、ペアで入場すると1000円のクーポンがもらえるんだ」


「スコーンの食べ放題なんてムリ。口の中が水分もってかれて、水ガブガブ飲んで、数個で終了」


「イギリスのお店なんだよ。懐かしくて、たくさん食べたいんだってば!」


あ、そっか。


宙斗はイギリスで暮らしていたからね。


それは食べたいはず。


行くべきか、行かざるべきか。


「もちろんお金は僕が出すよ」


「当たり前でしょ? アンタが誘ってるんだから」


「行ってくれるの?」


「わかった。行けばいいんでしょ」


「抱きついていい?」


「却下」


手を握られた。


「ありがとう。本当にありがとうございます」


後半は、泣き声に変わっていた。


「ちょっと、泣かないでよ」


「泣いてないよ」


ケロッとしている。


ウソ泣きかい!


「それでね、このタワーを注文するんだけど」


見せられたスマホの画面には、かなりの数のスコーンで作られたタワーが写っていた。


「は? これ2人で?」


「大丈夫、大丈夫。このくらいあっという間だから」


「別のは?」


「ミニタワーと、こっちは色んな種類のスコーンセット」


「食べ放題なのに、セットを注文するの?」


「違うの?」


「ちょっと見せて」


スマホを見せてもらい、画面を操作する。


「バイキングはバイキング。セットはバイキングとは別ってここに小さく書いてあるじゃない」


「え? じゃあ、タワーはバイキングと別料金?」


「そう言ってる。やめる?」


かなり悩んでいる。彼が食べたいのはタワーのほうなのだろう。



「やめる」


「クーポンはいいの?」


「あ……」


欲しそうな顔をしている。


「とりあえず、行けばいいじゃない。バイキングにするか、タワーだけにするか後で決めれば」


ぷっくりとした顔が、弾けんばかりの笑顔になった。


「みうちゃん、やっぱり優しいね。昔と全然変わらない」


「優しいとかいらないから」


「すごく楽しみ。イギリスよ!いざ、再び!! じゃ、みゆちゃん、また帰りにね」


「どこ行くの? 今日、刑法ここでしょ?」


「教室変更だよ。8E」


しまった。スマホで確認するの忘れていた。


ん? なぜここで別れようとする?


「ちょっと、なんで自分だけ行こうとするの?」


「だって、会えない時間が長ければ長いほど、お互いに惹かれ合うってAIが言ってたから」


「AIになんてこと聞いてんの! キモっ!!」


「ってことで、お先に」


キメ顔をして行ってしまった。


なんか、振り回されてばっかりだな。


疲れたな……。


8階まで階段で行くしかないか。


エレベーター、ギリギリの時間だと満員で乗れないんだよね。


やっぱり、スコーン行くのやめようかな。


色んな気持ちがぐるぐると回り出す。


でも結局行くんだ、私は。


エレベーターにダイブして、ギリギリで教室に到着。


後ろはもう満席で、前で受けるしかない。


あれ? 宙斗の姿が無い。


周りを見渡しても、どこにもいなかった。


先に出たはずなのに…。


教授が来て、授業が始まってしまった。


なぜか落ち着かない。


力づくで止めてから、一緒に行けばよかったと、ちらっと思う。


もしかして、ズル休みするつもり?


あーもう! 気にしてたら、どこ説明されてるか全然わからない!


その時、扉が開く音がした。


続く