〇校門・放課後
東高校生「先日は、本当に申し訳ございませんでした」
がばりと勢いよく頭を下げる東高校生たち。その前には、陽向が立っている。
東高校生1「身内にアップしただけのつもりだったけど、あんな大問題になるなんて」
陽向「いいよ。この前、散々謝ってもらったし」
陽向の脳裏に東高校生の先生たちから怒られる彼らの姿が思い出される。若干、可哀想だと思うくらいの怒られ具合だった。
東高校生2「良かったら、これ……」
陽向の元に2枚のチケットが差し出される。
陽向「なんだ、これ」
東高校生2「水族館のチケットです。俺の親、株主なんで」
陽向「金持ちだな」
東高校生2「……まあ」
陽向(否定しないのかよ。ボンボン息子がよ)
東高校生「彼女誘って行ってきてください! それじゃ!」
陽向「かのじょ?」
陽向が首を傾げている間に、東高校生たちは去っていく。
しばらく経って陽向は「彼女」が誰を指すのか理解する。
陽向(ああ、アイツのことか……)
陽向(周りからは、彼女に見えてた、のか)
〇部活終わり・部室の外
柊「おつかれー!」
部活の同期1「おつかれ。柊、最近、ジャージじゃなくてちゃんと着替えて帰ってるよね」
柊「うん、もう流石に……ね」
柊(お姉ちゃんに見た目を寄せる手前、ジャージ姿は晒せないもんなぁ)
複雑な表情をしながら、姉を思い浮かべる柊。
同期2「なになに、恋でもしちゃった!?」
柊「は!? そんなんじゃないよ!」
思ったより大きな声がでた柊、口元を押さえる。
同期1・2「きゃーっ!」
わちゃわちゃと騒ぐ同期たちを横目に、柊は憂鬱そうな表情をする。
柊(本当に……そんなんじゃない。これが恋であればどんなに良かったか)
柊(そんなに綺麗なものじゃないことくらい。私が一番良くわかってる)
同期1「アッ」
何かを見て固まる同期たち。柊の目に、明らかに柊を待つ陽向の姿を見つける。
同期1・2「お邪魔しましたー! それじゃ!」
凄まじい逃げ足で去っていく同期たち。柊はその場に取り残される。
ひとりになった柊につかつかと近寄ってくる陽向。
柊「ど、どうすんの陽向! あの子たちに変な勘違いされたよ!?」
陽向「別に柊の部活待つなんて前もあっただろうが」
柊「……そうだけど!」
言い返そうとする柊の前に差し出されるチケット。
陽向「ん」
柊「ナニコレ」
陽向「今週末、暇かなって」
柊「決めつけないでよ」
一瞬、間が空いて、柊が気まずそうにつぶやく。
柊「暇だけど」
陽向「いや、暇なんかい」
チケットをまじまじと見つめる柊。
そこには、「アクアマリンワールド」と書かれている。
陽向「一緒、水族館、いかね?」
〇家・デート前日
柊「デート! デートだよね、これ!」
ベッドに転がる柊。バタバタと足を動かす。
柊「私、生まれてこの方、デートなんて行ったことないもん、蒼真くんに一途すぎて!」
がばりと起き上がる柊。
柊「服、選ばなきゃ」
クローゼットを豪快に開く柊。カジュアルでおしゃれなスウェットやキャップを引っ張り出す。
柊「せっかくだから着たことない服着ちゃう? どうしよっかなぁー!」
うきうきで服をベッドに並べながら、柊はふと我に返る。
柊「……ああ、違うや」
カジュアルな服を手から落として、溜息をつく柊。
柊「違う。これじゃない」
柊「陽向が求めてるのは、これじゃないんだ」
〇天宮家・デート前日
陽向「俺、もしかしてデートに誘った?」
部屋に入るなり、ドアにもたれかかる陽向。
自分の言動を思い出して羞恥に駆られる。
陽向「さすがに、服くらいかっこつけねぇとな」
クローゼットを開ける陽向。
陽向「……待って。おれ、こんな服しか持ってないの」
スタジャンやパーカーなどの古着っぽい服。何着か手に持って溜息をつく。
陽向「……はぁ。兄貴はこんなの着ないもんなぁ」
陽向「アイツが求めてる雰囲気の服を着ないと」
〇背中合わせの構図
二人「「アイツは、私・俺じゃない、私・俺を見てるから」」
二人(でも、きっとそれは、自分も同じだ)
〇駅前・待ち合わせ場所
紺色で清楚なワンピースに身を包んだ柊。←姉に借りた。
そわそわと落ち着かない柊。何度もスマホで時間を確認する。
柊(はやくついちゃったし、1分が長く感じる……!)
柊(デートの待ち合わせってこんなに落ち着かないものなの!?)
陽向「よっ、お待たせ」
陽向が現れる。軽く整えられた前髪はいつもより分けられていて、服もジャケットを羽織っている。←兄に借りた
陽向「服、いいな」
柊「そっちこそ」
陽向「……っし、じゃあ、行くか」
柊「う、うん!」
柊(ぎこちない! お互いぎこちなさすぎるよー!)
柊(人生初デートの先行き、不安すぎます)
〇水族館・小さめの水槽の前にて
柊「みてみて、鯛いる! 美味しそう!」
「何を言っているんだ」という信じられない顔で見る陽向。
〇水族館・イルカショー
柊「……イルカすごーい!」
ひとりだけイルカのしぶきがかかり、全身部署濡れになる陽向。
〇水族館・ペンギン広場
柊「ペンギン可愛い!」
ペンギンの集団に突かれて追いかけまわされる陽向。
〇水族館・大水槽前
柊「楽しかったね〜」
陽向「つ、疲れた……」
柊「ん? なんか陽向ボロボロじゃない?」
陽向「ああ、うん、楽しかったなら、良かったんじゃないか」
満身創痍で弱々しい笑みを浮かべる陽向。柊は、そんな陽向に気付かずに大水槽の前で魚を眺めている。
柊「なんかさ、陽向のこと知ってるようで知らなかったかも。陽向ってすごく優しいよね」
陽向、柊の横顔を見つめる。暗いのに水槽の光を浴びた柊は、桜子にそっくり思わず息を飲む。
人気が少なく大水槽の前に2人きりになる。少し気まずい時間が流れる。
陽向、柊の頬に手を伸ばす。
触れられた柊、びくっと肩を震わせる。
柊「ひな、た……?」
陽向「陽向って呼んでよ」
柊(急になに? いつも呼んでるじゃん)
陽向「……お願い」
必死そうに弱々しく頼み込む陽向に、言葉に詰まる柊。
名前を呼ぶためにゆっくりと口を開く。
柊「陽向」
陽向「うん」
柊「……陽向」
陽向、柊の両肩を掴んで心底嬉しそうに笑う。
陽向「ああ……嬉しいな、名前を呼んでもらえるのは」
陽向の顔は、恋する男の子の顔になっていた。見たことがないその表情に、柊は思わず固まってしまう。
陽向、はっと正気に戻る。
陽向「ごっ、ごめん。トイレ行ってくるわ」
柊「うん、ごゆっくり……」
陽向が足早に立ち去った後、柊は思わずその場にしゃがみ込む。
柊「どうしよう、どうしよう」
俯いて、手を握りしめる。
柊(分かってる。この感情が代替品だってことくらい)
柊(私たちは、お互い「じゃないほう」なの)
柊(でも)
柊「今のは、反則じゃない……」
真っ赤に染まった顔の柊だけが、大水槽に取り残されていた。

