〇朝・教室(HR前)
翌日。
ざわざわとした教室。柊が教室の扉を開いて入ってくる。
柊「おはよー」
柊の姿を見て、ぴたりと固まる生徒たち。
柊は困惑した表情でクラスメイト達を見渡す。
柊「……え、何、どうしたの」
柊の前に桃香がやってくる。珍しく深刻そうな表情。
桃香「ひーちゃん」
柊「ど、どうしたの」
桃香「これ見て」
スマホの画面を見せられる。
そこには、陽向が東高校の生徒を突き飛ばしているところを切り取った写真が載っている。
柊「えっ、なに、これ」
桃香「これが、ミニスタグラムに載せられてて」
コメントには、「白峯学園の生徒じゃん」「天才に嫉妬した負け男で草」などと書き込まれている。
柊(これって、陽向のたった一部の行動が拡散されて炎上してるって……こと?)
柊の表情が歪んでいく。
柊「酷い。誰がこんなことを……」
桃香「これ、東高校の子のアカウント。多分、あの中にいた男の子の一人が撮影してたんじゃないかなぁ」
柊「なに、それ、なんで……」
混乱したような表情の柊。教室を見渡す。
柊「陽向は?」
桃香「まだ教室には来てないんだけど――」
その言葉を聞いて、目を見開く柊。カバンを放り出して大声で叫ぶ。
柊「……私、探してくる!」
桃香「ちょっと、ひーちゃん!? まだ話は終わってなくて……っ!」
焦る顔の桃香。
柊が教室を飛び出して行ったあとに、盛大な溜息をつく。
桃香「あの子、いっつも人の話最後まで聞かないなー」
生徒「まあ、それが森岡さんの良いところかもよ。猪突猛進で一生懸命じゃん」
桃香「でも、なんか勘違いしたままじゃん? あの子」
呆れた顔の桃香。
桃香「この問題、もう解決してるんだけどなー……」
〇学校外・道路
通学路を懸命に走る柊。はあはあと息が切れる。
柊(私のせいだ)
泣きそうな顔で唇を噛みしめる柊。
柊(私がはっきり、東高校の男子たちの誘いを断らなかったから)
柊(だから)
柊(このままじゃ、陽向は、また……)
〇回想・中学校時代
雨の降る河川敷。ボロボロの学ランで怪我だらけの陽向が雨に濡れている。
柊が慌てて陽向に近付いていく。
柊「陽向」
近付こうとした柊。陽向の周囲に気絶する男たちを見つけて「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。
柊「陽向、何やってるの……」
陽向「……」
柊「また、喧嘩したの? 駄目だよ。皆心配して……」
震える手を陽向の方に伸ばそうとする柊。しかし、陽向は鋭い目つきで柊のことを拒絶する。
陽向「来るなよ」
悲しそうな顔の陽向。ぐっと唇を噛む。
陽向「どうせ俺は勉強もできない。何もできない。誰も俺のことを信じてくれない!」
柊「ひな、た……」
陽向「……ずっと兄貴と比べられて、教師も周りの奴らも皆大嫌いなんだよ!」
叫ぶ陽向。
ざーっという雨の音が響く。
陽向「俺は独りで生きてく。もう俺に関わんなよ。じゃあな」
〇天宮家・玄関
息を切らした柊、陽向の家のドアをノックする。
中から出てきたのは、細身の女性(陽向と蒼真の母)
小さく「あら、柊ちゃん」と呟く。
柊「おばさん、陽向、いませんか」
陽向の母「……えっ、陽向?」
困惑した表情で顎に手を当てる。
陽向の母「陽向なら、朝普通に学校に行ったけど……」
数秒考えこみ、はっと何かに気が付いたような表情をする陽向のお母さん。
陽向の母「えっ、まさかあの子、学校をサボって……! 素行不良は治ったと思ったのに……!」
柊「いや、いやいやいやいやいやいや! すれ違っただけかもしれないんで! それじゃあ!」
陽向の母「え、あっ、ちょっと……」
取り残された陽向の母、再び考え込む。
陽向の母「そういえば、柊ちゃんはこの時間に何を……」
ぼんと手を打って、閃いた表情をする。
陽向の母「まさか学校サボり!? 柊ちゃんまで不良になるつもり!?」
〇ショッピングモール・フードコート
柊(陽向の行きそうなところは大体回った。コンビニ、バッティングセンター、ゲーセンも確認した。あとは、このショッピングモールのフードコートくらいだけど……)
フードコートをうろうろする陽向。陽向そっくりの背中を見つける。←座ってスマホをいじっている。
柊(いた!)
顔を明るくして、近づいていく柊。
柊「陽向!」
別人「……はい?」
振り返ると、眼鏡をかけたオタクっぽい男の子。
柊(うわっ、めちゃくちゃ別人だった!)
あたふたする柊。そこに柔らかい声が聞こえてくる。
?「柊……?」
振り返ると柊そっくりの黒髪の女性(森岡桜子)。キラキラと上品なオーラが漂っている。
柊「お姉ちゃん、なんでここに」
桜子「今日は営業周りで休憩中だけど……柊こそどうしたの? 学校は?」
桜子の言葉に返事することなく、駆け寄る柊。
姉の肩をガシッと掴んで大声をあげる。
柊「お姉ちゃん、陽向見てない!?」
桜子「ちょっと、落ち着いて、柊。というか、今日は学校でしょ」
柊「落ち着いてられないの。陽向が、陽向がもしまたいなくなっちゃったら、私……」
考えが纏まらない柊は、もごもごと言葉を詰まらせる。
桜子「ひいらぎ」
柊「……ぅ」
真っ直ぐな瞳。
純粋で、人を見抜くような穢れのない目。
桜子「陽向くんが学校に来なくて、不安になって探しに来た。そんなところ?」
柊「そう、です」
柊(さすがお姉ちゃんだ。私の行動なんて全部お見通しなんだ)
柊が肯定の返事をした瞬間、突如、目をつり上げる桜子。
桜子「駄目じゃない! 学校サボるなんて!」
柊(ひーっ! お姉ちゃん怒ったら怖いんだった!)
苦々しい顔をして、桜子から距離を取る柊。桜子は柊が逃げないように詰め寄っていく。
桜子「柊のことだから、何か早とちりして飛び出してきたんじゃない? 本当に陽向くんは行方不明なの?」
柊「そうだよ、だって……」
今朝のことを思い出す柊。
〇回想・教室
飛び出す柊を止める桃香を思い出す。
柊「……私、探してくる!」
桃香「ちょっと、ひーちゃん!? まだ話は終わってなくて……っ!」
桃香の話を打ち切って飛び出したことを思い出す。
〇フードコート
気まずい顔の柊。
苦笑いしながら、桜子を見上げる。
柊「……早とちり、した、かも」
桜子「ほら、やっぱり。柊っていっつもそうなんだから」
呆れた顔の桜子。
妹をみて、少し愛おしげに微笑む。
桜子「学校に戻りなさい」
柊「……うんっ!」
柊、カバンを肩にかけ直して立ち去ろうとする。
手を振って桜子から離れていく。
桜子「あっ」
柊「?」
呼び止められて振り返る柊。
桜子、優しく微笑む。
桜子「イメチェン、したんだね」
柊、顔が真っ青になる。
柊(わ、忘れてたー! 私、お姉ちゃんに寄せてるんだったー! 本人の前で恥ずかしすぎる……)
あたふたした柊に桜子が言う。
桜子「可愛いよ、じゃあね」
魔性の笑みを浮かべる桜子に赤面する柊。
柊(我が姉ながらドキッとしちゃったなあ)
〇学校・校門前
慌てて学校に戻ってきた柊。校門のところで用務員のおじさんを見つける。
柊「あ、井澤さーん! おはよー!」←用務員のおじさん
井澤「森岡さん、もう夕方だよ」
ブンブンと手を振る柊。井澤さんに駆け寄る。
井澤「みんなから聞いたよ。陽向くん探しに教室飛び出して行ったんだって?」
柊「さすが、情報通……」
直後、柊は閃いた顔をする。
柊「そうだ、情報通の森岡さんなら知ってるよね、陽向がどこにいるか!」
井澤「陽向くんなら生徒指導室に呼び出されて……」
柊「えっ!」
柊(生徒指導室ってことは、先生から怒られてるってことだよね。あの動画が拡散されたせいで陽向が処分を食らったら……!)
退学、という文字が頭にちらつく柊。
柊「ありがとうございます! 指導室乗り込んできます!」
井澤「まだ話は終わってないよー」
穏やかな顔で引き留める井澤の言葉が届かないまま、柊は校舎に駆け出していく。
〇生徒指導室
勢いよく生徒指導室の扉が開かれる。
そこには、蒼真と校長や教頭(教師陣)が座っていた。柊は全員の前で頭を下げる。
柊「……陽向は、天宮くんは悪くありません」
柊「元は、東高校の生徒が声をかけてきて、それで……えーっと」
柊(駄目だ。私、説明が下手すぎる……上手く言葉がまとまらない……もうっ!)
柊、どんと机を叩く。
柊「陽向は悪くない!それなら私が代わりに停学でも退学でも処分を受けます!」
蒼真「森岡さん、ありがとう。わかったよ」
柊「わかってない。わかってないよ……」
柊(こんなことで、陽向が処分を受けるなんて間違ってるもん……)
柊「……蒼真くんは正しいよ。いつも正しい」
柊(きっと、私は蒼真くんのそんな品行方正なところが好きだけど)
柊「でも、先生なら、ちゃんと一生徒として陽向を見てよ! 兄弟としてじゃなくて!」
蒼真「陽向のこと、大切に思ってるんだな」
柔らかく微笑む蒼真。
蒼真「大丈夫、陽向は停学になんてならないよ」
柊「えっ」
驚いた顔をする柊の元に、「ひーちゃん!」と声がかかる。
生徒指導室に一人の生徒が入ってくる(桃香)
柊「桃香?」
桃香「走ってるのが見えて……慌てて追いかけてきた……」
ぜーぜーと息を切らす桃香。
スマホ片手に解説を始める。
桃香「さっきひーちゃんに見せたこのアカウント、鍵付きの非公開アカウントだったから拡散されたのは、東高校生とうちの生徒だけつーの。それに投稿もすぐに消えてる」
柊「今朝の画面は!?」
桃香「あれはスクショ」
柊「えーっ!」
桃香「だから、話は終わって無いって言ったじゃんかぁ!」
桃香がジト目で柊を見つめる。
桃香「昨日の夜に気が付いて、天宮先生に報告したの。幸いあたしも動画とってたから、それ見せたら一発で解決した」
「動画なんて撮ってたの!?」
「最初から回してよん。ナンパされた時から」
柊、合点のいった顔。
柊(だから、あの桃香が大人しかったのかー!)
蒼真が柊の前に立つ。
蒼真「東高校の生徒や先生にも謝ってもらって、さっき解決したところなんだよ」
校長「我々もいるから、安心しなさい!」
教頭「よっ、校長!」
がやがやと盛り上がる職員たち。柊は気が抜けて、その場にへたりこむ。
柊「よ、良かったぁ……」
蒼真「学校サボりは駄目だけどね」
柊「……うっ」
蒼真「まあ、でもいい仲間たちを持ったな。他の先生にはバレてないよ」
生徒指導室の入り口付近で親指を立てるクラスメイトたち。
柊(みんな、私のサボりを誤魔化してくれたんだ……!)
柊「そういえば、陽向は?」
蒼真「陽向なら裏庭の掃除をしてるんじゃないかな。なんだかんだ迷惑かけたからって自ら掃除道具持ってったよ」
柊「……そうなんだ」
蒼真「不安にさせてごめんね、森岡さん。安心して、陽向のところにいっておいで」
大きく頷く柊。駆けだそうとした矢先、自然に蒼真の顔が近づいてくる。
蒼真「あと、蒼真くんじゃなくて、先生な」
柊(顔、良!!!!)
顔が真っ赤になる柊。
(……うーん、私やっぱり、蒼真くんが好き!!)
柊「はい、気を付けます。先生!」
柊は蒼真に手を振る。
柊(……「好き」の気持ちに開き直ったら、随分と楽になった)
柊(だってこんなに足取りが軽い)
柊(私が元気になれたのも、東高校生から助けて貰えたのも)
柊(全部、陽向のおかげだ)
〇裏庭
柊「……陽向」
ちょーんと結んだ前髪の陽向が振り向く。
柊「何その髪」
陽向「邪魔なんだよ!この前髪!いっつもは、ワックスで上げてたから!」
「兄貴は邪魔じゃないのかよ……」とブツブツ文句を言いながら箒で地面を掃く陽向。
柊「ありがとう」
陽向「……んだよ、急に」
柊「これ、手伝うよ」
柊、もう一本箒を持ってきて一緒に掃除を始める。
陽向「手伝うのかよ。どうせなら、飲み物くらい買って来いよ。あーあ、桜子さんなら、多分美味しい差し入れをくれるんだろうけどさ」
柊「……おい」
陽向「優しく話を聞いてくれるんだろうけどさ」
柊「おーい!」
柊(わかってますよーだ。私はお姉ちゃんみたいに、気もきかないし女子力もありませんよーだ!)
陽向「でもさ、柊はいっつも、俺のことを心配してくれてたよな」
空を見上げる陽向。
陽向「お前のそういうところ、嫌いじゃないよ」
陽向がじーっと柊を見つめる。だんだんと柊が照れてきそうになったところで、陽向は突然箒を放り出して、両手で顔を押さえる。
陽向「うわっ、桜子さんに似てるっ」
柊「なによ、突然」
脳がばぐるー!と叫ぶ陽向に苦笑いしながら、柊は呆れの溜息をつく。
柊「……」
柊(本当に、陽向が停学とか退学にならなくて良かった。本当に)
目が潤んできた柊だったが、ぐーっとお腹の虫が鳴る。思わず、陽向も顔を上げる。
柊「お腹すいた……そういや今日何にも食べてないや」
陽向「じゃあ、帰りどっか寄ってくか!」
柊「やったー! ラーメンがいい!」
陽向「じゃあ、柊のおごりな」
柊「そこはじゃんけんでしょーが!」
ワイワイ言いながら、放課後は過ぎていくのだった。

