生徒「……えっ、待ってよ。天宮って」
全員が先生と陽向の顔を見比べる。恥ずかしそうな陽向。顔を赤くする。
蒼真、少し困ったような表情で頬をかく。
蒼真「天宮陽向の兄です」
陽向「……クソ兄貴がよ」
シンと一瞬静まり返る教室。直後、生徒たちがどよめく。
生徒たち「えーっ!」
立ち上がって陽向に詰め寄る生徒たち。
生徒「ちょ、こんなイケメンなお兄さんいるなら教えなさいよ!」
生徒「そうだぞ!」
生徒たちにムキになって言い返す陽向。
陽向「……俺だってイケメンだろうが!同じDNAだぞ!」
生徒「うるさいぞ、マイルドヤンキー!」
生徒「高2になって、なにイメチェンしてんだ」
生徒「黒髪でモテようたってそうはいかないからな」
陽向「うるせー! いいだろ別に黒髪だってよ!」
生徒たちの話の矛先は先生(蒼真)に向かう。女子たちがきゃぴきゃぴと先生に寄っていく。
生徒「先生、彼女いるのー?」
生徒「気になる、教えてよ!」
生徒「かっこいいーっ!」
それを見た柊は唇をギュッと噛む。
蒼真が答えるよりも早く、着席したままの柊が答える。
柊「結婚してるよ」
冷たい声に教室が一瞬静まる。
柊「先生、結婚してる」
生徒たち、顔を見合わせる。
生徒「ひーちゃん、今日なんか雰囲気違くない?」
生徒「確かに。なんか見た目も変わったし、何かあったんじゃ……」
ちらりと柊の方をうかがう生徒たち。
蒼真がパン、と手を叩く。
左手の薬指にはきらり、と指輪が光っている。
蒼真「ごめんな、先生、新婚なんだ……ってことで、みんな席に座ろうか」
生徒たち「はーい」
生徒たちがしぶしぶ戻っていく中、陽向が柊の横にしゃがみ込む。
陽向「大丈夫かよ」
柊「……大丈夫」
陽向「はー……」
柊の腕を掴んで、無理やり立ち上がらせる陽向。
陽向「先生、ちょっとひい……っ、森岡さんの体調が悪そうなんで保健室行ってきます」
眉を下げた蒼真が、立ち上がった二人を見つめる。
蒼真「……分かった。気を付けて行っておいで」
生徒たち、心配そうに柊を見つめる。
生徒「そっか、体調悪かったんだね。気が付かなくてごめん」
生徒「あの森岡が大人しいなんてあり得ないもんな」
生徒「確かにー」
ざわざわといつもの空気に戻る教室。
陽向が柊を教室から連れ出していく。
陽向「ほら、行くぞ(小声で)」
〇保健室
ドアを開けて保健室に入る陽向と柊。
しかし、がらんとしており誰も中にはいない。
陽向「……先生外出中か」
きょろきょろと見回した後、ソファに柊を座らせる。
柊「保健室なんて、大袈裟だよ。私は大丈夫だって」
陽向「大丈夫じゃねぇだろ、自分の顔みてみろよ」
柊が救急箱の隣にあった手鏡を持ってやってくる。
そこに映った自分の顔はげっそりしていた。
陽向「ほら、真っ青だぞ」
柊「……ごめん」
陽向「謝んなよ。まさか兄貴が担任だなんて思わなかったし。俺も」
柊「聞いてなかったの」
陽向「なんにも?」
柊「そっか」
柊(まさか、蒼真くんが担任の先生になるなんて。せっかく諦めるために陽向に協力してもらうことになったのに……)
俯く柊。
その柊を覗き込むようにして、陽向の手が伸びてくる。大きな手が額に触れる。
陽向「熱とかは……ないな」
柊「うん、たぶん」
ドキドキ、という音が柊を包む。
柊(ああ、単純だな。私。さっきまでの憂鬱なんてどこかに行ってしまった)
柊(心臓が変に高鳴って苦しい)
柊(私、最悪だ。蒼真くんに似た陽向を見て、重ねてドキドキしてるんだ)
陽向、何かを思いついたかのように立ち上がる。
陽向「ちょっと待ってろ」
保健室から出て行った陽向。すぐに帰ってくる。手には、オレンジジュースの缶。
陽向「はい、オレンジジュース」
柊「えっ」
陽向「好きだろ」
ぽん、とぶっきらぼうに渡される缶を開けて飲むことにする。
一口飲んで、「ほっ」と落ち着いた顔の柊。
陽向「てか、いっつもオレンジジュース飲んでるよな。なんで柊はオレンジジュースが好きなわけ?」
柊「……それはねぇ」
柊、思い出すような顔をしながら微笑む。
柊「陽向がちっちゃい頃、オレンジジュースを分けてくれたから」
陽向「ちっちゃい頃?」
柊「そう」
柊「ゲームで負けて泣いてる私に、『おれのぶんあげる』って。幼稚園児にして素行不良の素質持ってたくせに、そういうところは優しかったなぁ」
陽向「素行不良は余計だろ」
デコピンしながら突っ込む陽向。
しかし、柊は屈託のない笑顔を浮かべる。
柊「だからさ、わたし、オレンジジュースが大好きなの!」
陽向「……そうかよ」
少し照れたような陽向がそっぽを向く。
その横顔が再び蒼真と重なって見えて、顔を曇らせる柊。
柊(やっぱり、好きなんだよなぁ。諦められないんだよなぁ)
柊(たとえ誰かの旦那さんになっても。それが私の姉で、彼が義理の兄で、絶対にバレてはいけない思いだったとしても)
憂鬱な顔をした柊に陽向が気が付く。
陽向が柊の肩に手を置いて心配そうに覗き込む。
陽向「似てたか、兄貴に」
柊「ごめん」
陽向「だから謝んなって。俺が兄貴に寄せてんだから」
陽向、得意げな顔をした後に、ふうっと息を吐く。
陽向「無理して捨てなくてもいいんじゃねぇの。その気持ち」
柊「えっ」
陽向「だって、10年だぞ。長い長い片思いをそう簡単に諦められるかって」
柊「うん」
陽向「兄貴たちが付き合いだした時も、俺ら諦めてなかったじゃん。無理だろ。すぐには」
オレンジジュースを一口飲む陽向。
陽向「だから、開き直ってみろよ。別に兄貴に色目使うわけでも無いんだ。『好き』の感情はお前だけのものなんだからよ」
柊、ハッとした顔をして目を見開く。
柊「そうだ。そうかも」
陽向「……そうだ、開き直れ!」
柊「うん!開き直ってみる!」
ぱあっと顔を綻ばせる柊。陽向は満足げな顔で頷く。
陽向「やっぱ、お前は笑ってた方がいいわ」
柊、少し赤面する。
柊(この人を蒼真くんと重ねちゃっているのは事実。だけど)
柊(この優しさは、きっと陽向自身のものなんだ)
〇下校中・通学路
柊「今日は散々だったなぁ」
桃香「……ごめんね、ひーちゃんが辛いのに気が付けなくてさぁ」
桃香、小声で「陽向のヤローに負けたのがムカつく……」とぼやく。
柊「いいの! 私もまさか、蒼真くんが担任になるなんて思っても無かったわけだし……」
桃香「そりゃ誰も思わないわなぁ」
思い出すように、空を見上げる桃香。
桃香「ま、アンタと陽向は学級委員を回避したんだから、感謝しなさいよね」
柊「文化祭実行委員……文化祭さえ乗り切れば仕事が無い楽々委員会に推薦していただきありがとうございます……」
桃香「良いってことよ」
柊(不在を理由に学級委員なんて押し付けられたらたまったものじゃないもんね……)
柊「ちなみに学級委員は……」
自分を指さす桃香。
桃香「あたし」
柊「ああっ、本当にありがとうございます……神様仏様桃香様ぁ」
桃香を拝むような姿勢で涙を流す(ふりをする)柊。
桃香「せっかくひーちゃんも部活休みだし、クレープでも食べちゃう?」
柊「最高!食べちゃう!」
桃香「おし、行くぞぉ!」
おーっと両手を突き上げて、下校する二人。
〇街・ベンチ
大ぶりのクレープにかじりつく二人。
桃香「クレープうまっ」
柊「美味し~罪のあじ~!」
バタバタと足をばたつかせる柊。その様子をまじまじを見つめる桃香。
桃香「んで、なんでひーちゃんはイメチェンすることになったん? もしかして、お姉さんに寄せてる?」
柊「……それは」
気まずそうな顔の柊。
桃香「親友のあたしに聞かせてみなさい!」
(かくかくしかじかと説明する様子)
桃香「なんじゃそりゃ。それで、天宮陽向クンもあんな知的な感じになってたわけ?」
柊「そうなの」
桃香「似合わなっ」
柊「正直な意見ありがとう!」
目を細めて桃香を見つめる柊。そこに、知らない人間の声が降ってくる。
?「ねえねえ、君ら白峯学園の生徒でしょ?」
ベンチから見上げると、そこには男子生徒2人組がいた。
黒髪で大人しく真面目そうだが、表情は少し意地が悪そう。
柊(東高校。この辺りで一番頭のいい学校だ……私たちに何の用だろう)
東高校生1「俺ら今からカラオケ行くんだけど遊ばない?」
柊(ナンパかー!)
人は見かけによらないな、と心の中でぼやく柊。
桃香、はっきりと手を突き出して断る。
桃香「いや、あたしら二人でデートしてるんで」
東高校生2「いいじゃん、行こうよ」
柊「ちょっと、強引すぎ! 大声で叫んだっていいんだからね! 警察呼びますよ!」
しかし、東高校生はにやりと嫌な笑みを浮かべる。
東高校生1「呼べば?」
柊「は?」
東高校生1「警察にでも通行人にでも助け求めてみなよ。逆に君らにたかられてたって言ってやるから」
東高校生1「俺ら、どう見ても君らより社会的信用度は高いと思うけど」
柊「……!」
柊(私たちの高校だって、そこそこ頭のいい学校だし、荒れてるような学校じゃない。それでも、もし東高校生が、助けを求めたら?)
柊(お父さんやお母さんに迷惑がかかったら? もし、担任の蒼真くんを困らせることになったら?)
腕を掴まれたまま、無言になる柊。
柊(……信じてもらえないかもしれない、という恐怖がよぎって声がでない)
柊(普段は言い返す桃香も大人しくしてる。ここで騒いでしまったらやり返されるかもしれない)
東高校生、柊の腕を強く引っ張る。
東高校生2「てことで、行こうか」
柊「離しなさいよ……っ」
柊(駄目だ。力じゃ負ける……!)
涙目になる柊。
腕を振りほどこうとした瞬間、ぽんと腕が自由になる。
?「おい、何やってんだよ」
東高校の男子、どん、と肩を突き飛ばされる。尻もちをついた男が突き飛ばした先を見上げる。
東高校生2「痛……っ」
陽向「んだよ、さっきまでの威勢はどこに行ったんだよ」
現れたのは陽向だった。
今までにないくらいの怖い表情で東高校生を見下ろしている。
直後、くるりと柊と桃香を振り返る。
陽向「大丈夫か、二人とも」
桃香「うん、大丈夫」
柊「陽向、えっ、なんでここに」
桃香「あたしが呼んだ。あそこで叫ぶのって得策じゃないかなって思ってさ。こういう時こそ元ヤン、っしょ」
陽向「元ヤンいうな」
にんまりと笑う桃香。
陽向、再び東高校生に詰め寄る。
陽向「お前ら、何嫌がってる子たちを無理やりナンパしてんだよ」
東高校生1「……イヤ、ちょっとこの子たちを誘ったダケデ」
東高校生2「そうそう、なあ?」
東高校生1「軽く誘っただけなのに、何が悪いん……ですかね」
陽向、鬼の形相になって東高校生にさらに詰め寄る。
陽向「人見て態度変えんなカスが!」
東高校生1・2「っ!」
それをみた東高校生はビビり上がって、身を寄せ合う。
東高校生1「ひぃっ。ヤンキーだ。こいつ」
東高校生2「……い、行こうぜ」
そそくさと退散するナンパ男たち。
柊は心配そうな目で陽向を見上げる。
柊「……陽向」
柊の心配をよそに陽向は柊に駆け寄る。心底心配そうな顔で柊を見下ろす。
陽向「怪我は無いか」
柊「……うん」
陽向「腕掴まれてただろ、見せろ」
少し強引に柊を引っ張る陽向。制服の袖をまくって、怪我が無いことを確認する。
陽向、ほっと胸を撫でおろす。
陽向「……良かった」
柊「大袈裟だよ」
柊、困ったような笑みを浮かべたあと、ぺこりと頭を下げる。
柊「ありがとう、陽向のおかげで助かった」
陽向「はっ、そうかよ」
カバンを肩にかけ、くるりと後ろを向く陽向。
陽向「じゃ。気を付けて帰れよ」
柊「え、陽向、帰るの?」
陽向「女子会の邪魔はしねー。なんかあったら呼べよ」
颯爽と人波に消えていく陽向。桃香が怪しげな表情で柊を覗き込む。
桃香「なんか、今日の陽向、いつもより、ひーちゃんに甘くない?」
柊「そ、そうかなぁ」
桃香「絶対そう。保健室に連れてった時も思ったもん。別に、お姉さんに見た目寄せただけって理由じゃないんじゃない? それだけの理由でここまでする?」
柊(いや、それだけの理由だと思います)
柊は少し呆れたような表情で笑った。

