「どうしたんだ?先生」
研究室の掃除をしていると、入ってきたアルトが声をかけてきた。
「掃除だよ。アルトもちゃんとしてる?」
「……まあ、一応」
「ふふっ、偉いね」
そう言うと、アルトは顔を赤らめてそっぽを向く。別になんと言うことはない。ただ散らかってきてたから、ついでにいろんなところを掃除しておこうかなと思ったのが始まりだった。アルトにも示しがつかないしね。
「えーっと、これはこっちのファイルに……あれ?」
すると、ファイルの棚に懐かしいものを見つけた。今のアルトの服や髪のメッシュの色と同じ、赤色のアルバムだった。
「あっ!懐かしいなーこれ!」
「何だそれ?」
アルトが後ろから聞く。
「アルトのアルバムだよ。いろんなことしたから写真もいっぱい……」
パラパラとページをめくりながら私は答える。アルトのログから何枚か写真を保存して印刷して、私がまとめていたものだ。最初はあんなに小さかったのに、今じゃ私より背も高くなっている。アルトが義体を手に入れてからはそれがよく分かるようになった。性格も、素直じゃないところがあるけど、芯の強い子に育った。
「そんなのログ見りゃ良いだろ?何でわざわざ……」
「こういうのに残すのがいいんだよ。これが分からないなんて、アルトもまだまだだね」
「……」
アルトはまたもや口ごもる。こういうところが可愛いんだよなぁと思いながら、ページをめくった。
「あ、これ覚えてる?アルトが描いてくれた私の絵!」
まだアルトが小さかった時に私にくれたものだ。
「そりゃ覚えてるけどよ……そんなものまで残ってんのかよ……なんか恥ずかしいな」
「こっちは水族館行ったときの!この時はまだちっちゃくて可愛くて……あ、それでこの時はアルト、私にずっとくっついててさ、帰ろうとしたら『帰らないで!』ってさ……」
「や、やめろ!」
アルトが顔を真っ赤にして私からアルバムを取り上げる。
「ほ、ほら、片付けするんだろ?まだ全然終わってねぇじゃねぇか!」
早口で捲し立て、アルトはアルバムを棚に戻そうとした。その時、何かがひらりとアルバムから落ちた。
「ん?何だこれ」
アルトがそれを拾い上げた。
「……あっ!これ……」
アルトが北斗さんに仲直りの手紙を書いている時の写真だった。ちょっと微笑ましいなと思いながら見てたのを覚えている。
「ったく……こんなとこまで撮ってたのかよ」
アルトはそう言う割には丁寧にアルバムを開き、写真をしまった。
「いろんなことしたよね」
「……でも、確かにこうやって残ってると、なんつーかさ……残りのページがどうなるか、楽しみになるよな」
「でしょ?」
「……っていうかさ、隣にあるこのアルバムってまさか……」
アルトが指差した先を見ると、オレンジ、青、黄色のアルバムが。覚えている。全部、アルトのアルバムだ。
「……!」
「最初のアルト」を失ってから、私がアルトを育てると決めたあの日が、ふと思い出された。もう絶対、この子に辛い思いはさせない。その一心で、アルトをここまで育ててきたつもりだ。それはこのアルトも、他の三人のアルトでも同じ。このアルバムは、「あのアルト」からの贈り物なのかもしれない。そう思うと、目の奥が熱くなった。
「……先生?どうした?」
アルトが心配そうに声をかけてくる。
「……ううん。ちょっとね」
それだけ言って、私はアルトの頭を撫でた。
「大きくなったね。アルト」
「……ちょっ、恥ずかしいからやめろって……」
顔を赤らめるアルトを、私は撫で続けた。