「ただいま!」

「あ、先輩達。お帰りなさい!」
うーん。
この、放送室の空気が籠もった感じ!
たった3日離れていただけなのに、埃の匂いまで愛おしいなぁ。
やっぱり、私はここの空気が好きだ。
「これ、お土産」
私は後輩達に生八橋の白い箱を渡しながら、思わずきょろきょろしてしまう。
「先輩」
「ん? 何?」
「あいつは、」

「だ、大丈夫っ!?」

私が慌てて保健室に駆け込むと、
「大丈夫ですよ、先輩」
意外としっかりした声が、ベッドから聞こえた。
「今の先輩の声で、大分回復、」
「で、でも!」
顔が青い。
いつも、元気いっぱいに、私の背中から抱きついて来る後輩は、ベッドの上で、
「あー、先輩の声だぁ」
何だか、本物の病人のように見えた。
「先輩、もっと喋って」
「どう言う事? これは」
私が勢い込んでその後輩に聞くと、後輩が制服のボトムのポケットをごそごそと探りはじめる。
「?」
取り出したのは、くしゃくしゃになった1枚の白い紙。
「何コレ」
私が、それを広げて見ると、
「先輩、俺、嘘なんてついていませんよ」
「血中成分、濃度?」
その紙は、血液中の成分の濃度を数値化した記録用紙だった。
確かに、
「何でか知らないんですけど、先輩の声で、
俺の血糖値上がるんですよね」
平均と比較して、異常に血糖値が下がっている -

「俺、元々あんまり、血の中に糖分留めておけなくて。
インシュリン打つ程じゃないんですけど。何だか、体質的・精神的な問題みたい」
「そ、そんな事が本当に?」
「で、結構、頻繁にひっくり返ってたんですけど、
この高校に入学して、先輩の声を初めて放送で聴いたら、
何だかとても楽になったんです」
そっと手を取られた。
冷たい。
氷のように冷たい。

「どうしてだかわからないけど、先輩の声は、俺の身体に何か作用するみたいだ」
「そ、そんな、」
「ずっと、ずっと聴いていたい心地良い声です。
少し高めで、柔らかくて、なのに時々掠れるのが、とってもセクシーで、」
私は、この後輩の話のどこを聞いていたんだ。
- 修学旅行なんて行かないで。
まさか、倒れる程に深刻な話だったなんて。
こんなに具合を悪くして私の帰りだけ、
私の声だけ待っていてくれたなんて -
「ごめん」

「先輩」
「ごめん」
私は、
その冷たい手を、ぎゅうっと握り返した。
自分の汗ばんだ手で温めようと。
後輩が、
「もっと先輩の声を聴かせて」
かすれた小さい声でそう言って、私の左耳の上の髪を軽くくすぐる。
「俺を元気にしてください」
「うん」
「好きです、先輩」
「うん」
「大好きです、先輩」
こんなに求められているなんて生まれて初めてで、どうしたら良いのかわからない。
でも、
「わかった」
悪い気はしていないよ。ちょっとドキドキしている。