図書館の地味な女の子は…

図書室の空気は少し騒がしく、けれど心地よかった。

祐也は、久しぶりに“書くこと以外”のことで頭がいっぱいになっていた。
澪のこと。大毅の無神経なひと言。
それでも、楽しかった。――たしかに、楽しかったはずだった。

図書室を出たのは、日が暮れかけた頃。

「じゃあ、俺、部活行ってくるわ。祐也、澪、また明日な!」

大毅が手を振って走り去る。
祐也と澪は、並んで校舎の外を歩いていた。

「……あいつ、ほんと空気読まないよな」

「でも、嫌いじゃない。明るいのって、いいことだと思う」

「春川さんって、そういう明るいタイプと友達になる感じには見えないけどな」

「……あれは特別。昔から一緒だったから」

そう言うと、澪は不意に立ち止まり、ポケットから何かを取り出した。

小さな、銀色の……何か。
祐也は気づかなかった。でも、それは“普通の高校生”が持っているものじゃなかった。

ほんの一瞬、その物が陽の光に反射して、鈍く光った。

「あ、ごめん。これ、忘れてた」

澪は小さなケースのようなものを、制服の内ポケットにしまった。
何事もなかったかのように、歩き出す。

「……それ、何?」

「え?」

「さっきの銀のやつ。ちょっと見えたけど……あれ、なんか工具?」

澪はほんのわずかだけ、口元を引き結んだ。

「……趣味。組み立て系のキットとか、好きなの精密なやつ」

「へぇ、なんか意外」

「よく言われる」

淡々と、でもそれ以上は言わせないような空気で話を終わらせた。

でも祐也の中に、ひっかかりが残った。
あの“工具”……いや、工具なのか?
どこかで見たような、けれど思い出せない。普通の文房具でもなかった。
――“あんなもの”を持ってる女子高生なんて、見たことがない。

「…春川さんって、ほんとに、普通の高校生?」

思わず口をついて出たその言葉に、澪はピタリと足を止めた。

そして、振り返る。
表情は、いつものまま。だけど……目だけが、ほんの少しだけ鋭くなっていた。

「――なに?どう思うの?」

それは、冗談とも本気ともつかない声だった。

「……いや、なんでもない。忘れて」

「ふふ……へんなの」

そう言って歩き出す澪の背中を、祐也はただ見つめるしかなかった。

胸の中に芽生えた違和感。
それはまだ、物語の“入り口”にすぎなかった――。