図書館の地味な女の子は…

放課後。

澪は、いつもならまっすぐ図書室に向かうはずだった。
だがその日は、鞄を肩にかけると、無言のまま教室を出ていった。

(……図書室、行かないのか?)

その背中を見て、祐也はなぜか無性に気になって、そっと後をつけることにした。

下駄箱を過ぎ、裏門の方へ。
澪の足取りは一定で、どこかに目的があるようだった。

物陰に身を隠しながら、慎重に距離を取ってついていく。
そんな“探偵ごっこ”のような行動に、自分でも苦笑しかけたとき――

「……何してんねん、おまえ」

突然、背後から声がして、祐也はビクッと肩を跳ねさせた。

振り向くと、大毅が立っていた。
コンビニの袋を片手に、半笑いで祐也を見下ろしている。

「まさかとは思ったけど……澪のあとつけとんの?」

「ち、違っ……いや、違わないけど……!」

「うっわ、ほんま悪趣味やなぁ祐也。おまえ、そういうキャラちゃうかったやんか」

「うるさいな……っ、気になっただけだよ。最近、ちょっと変だから……」

大毅は笑いながら、袋の中からペットボトルを取り出して口をつけた。

「そりゃまぁ……澪って昔っからちょっと変やけどな。せやけど、尾行はあかんやろ」

「……分かってるよ。でも、放っておけないんだ」

そう言うと、大毅はしばらく黙って祐也の顔を見たあと、肩をすくめた。

「ま、ええけどな。なんかあったら、また言えよ? うちの母ちゃん、澪のことめっちゃ気にしとるし」

「……うん、ありがとな」

「ほな、うちはこっちやから。また明日な」

手を軽く振って、大毅は別の道へと歩いていった。

その背中を見送り、祐也は再び視線を前に戻す。
けれど澪の姿は、もうすでに見えなくなっていた。

「……どこに行ったんだよ、澪」

夕焼けに染まる空の下、祐也の胸には、またひとつ重たい疑念が芽生えていた。


大毅と別れたあと、祐也はひとりで歩き続けていた。
澪の姿はどこにも見えない。
彼女が向かった先も、目的も分からないまま、足だけが無意識に動いていた。

(……しまったな。大毅と話してる場合じゃなかった)

そんな風に思いながら、住宅街の外れに差し掛かったとき――ふと、祐也の足が止まった。

その先に、人影があった。

電柱の影に、澪が立っている。

制服姿ではない。
彼女はいつの間にか、黒いフード付きの服を羽織り、その顔は陰に隠れていた。

そして彼女の前には、もう一人、見知らぬ人物。
同じく黒ずくめで、顔がよく見えない。が首には無数のタトゥーが入ってた

祐也は、息を殺してその場にしゃがみ込んだ。
二人の会話は、風に流されてほとんど聞き取れない。

けれど、ただの雑談ではないことだけは、直感的にわかった。

やがて、澪がその人物と並んで歩き出す。
向かった先は、駅から離れた路地裏。
廃屋のような古びた建物に、躊躇なく入っていった。

(……なに、してんだよ、澪)

祐也の心臓が、ドクンと大きく脈打った。

胸の奥にわき上がるのは、不安か、恐怖か、それとも――

澪の背中が見えなくなった瞬間、もう一度あの“夢”が脳裏によみがえった。

首を絞めるその手。
不気味な顔。
逃げ場のない冷たい目。

(……あれ、本当に夢だったのか?)

立ち止まったまま、建物を見つめる祐也の足は、しばらく動けなかった――。