図書館の地味な女の子は…

放課後。
いつものように、図書室の奥の席にふたりで座る。
今日は、澪の前にノートが広げられていた。

そこには、祐也が書いていた最新の小説。
まだ途中、だけど――澪が「読みたい」と言ったから、思い切って渡した。

祐也は隣で、ソワソワと落ち着かない様子でページをめくる彼女を盗み見ていた。

長いまつげが影を落とし、真剣な目で物語を追っている。
読んでいるのは、自分が書いた世界。でも、彼女が触れていることで、どこか現実味を帯びて感じた。

やがて、澪が静かに顔を上げる。

「……すごく、良かった」

「マジで?」

「うん。登場人物がちゃんと生きてる。……とくに、あの女の子」

「君がモデルだからね。気づいた?」

「……うん」

澪は小さく頷いて、そしてほんの一瞬だけ、寂しそうな表情を浮かべた。

「でも――あの子、最後には消えるんだね」

「……え?」

「祐也くんの書いたあの女の子、好きな人を助けて、自分は姿を消す。
それって、祐也くんの中で、私がそういう存在ってこと?」

「いや、そんなつもりじゃ……ただ、なんとなく物語の流れで」

「――ううん、いいんだ。きっと、そういう未来が、私にも合ってると思うから」

その言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
でも、その声の奥には、どうしようもなく“覚悟”みたいなものが滲んでいた。

「……澪」

「私ね、好きだったの。誰かのために何かすること。
でも、それが当たり前になると……自分がどこにいるのか、わかんなくなるの」

その言葉が、祐也の胸をざわつかせた。

――誰かのために、何かをする。
それが、当たり前になると。

まるで、“仕事”みたいに。
――使命みたいに。

「ごめん、変なこと言った。小説、すごく嬉しかった。ありがとう」

そう言って、澪はノートを静かに閉じた。

その仕草が、なぜか“終わり”のように感じて、祐也は少しだけ、胸を締めつけられた。