図書館の地味な女の子は…

数日が経った。
澪と祐也は、図書室で並んで座るのが当たり前になっていた。

ふたりの間には、特別な会話があるわけじゃない。
むしろ、話さない時間の方が多い。
でも、不思議とその沈黙は心地よかった。

ページをめくる音。
風の音。
たまに交わす、短い言葉。

「その本、好きなの?」

「うん。静かで、淡々としてて。……でも芯がある」

「零みたいだな」

「……そう?」

そんなやりとりが、祐也の胸を少しずつ満たしていった。

あの日、大毅から聞いた話も、あの銀の道具も、澪の目の奥の“何か”も――
全部、祐也は考えないようにしていた。

今のこの時間だけは、疑いたくなかった。
彼女が“普通の女の子”であると、信じていたかった。

「祐也くん」

不意に、澪が名前を呼んだ。
それだけで、心臓が跳ねる。

「……なに?」

「さっきの小説、読んでみたいなって思った。……ダメ?」

祐也は一瞬、息をのんだ。

まだ途中で、まだ未完成で、
それでも――この物語の原点は、澪だった。

「……いいよ。でも、笑うなよ?」

澪は小さく笑った。

「……笑わない。むしろ、楽しみ」

その笑顔は、祐也の胸に火を灯した。

書きたい。もっと書きたい。
この感情を、この時間を、この澪という存在を――ちゃんと、物語にしたい。

このとき、祐也はまだ知らなかった。
その物語が、やがて“真実”を暴き出してしまうことを。

でもそれでも、今はただ、
“好きだ”という気持ちが静かに育っていくのを、彼は止められなかった。