──そして十年の月日が流れた。
私は短大卒業後、地元の小さな工場で経理として就職した。そして工場に営業にやってきた主人と出会い結婚した。健康な一人息子にも恵まれ、私はありきたりの幸せな暮らしを営んでいる。
今日は息子の桜大が風邪気味のため、駅ビルの中にできた新しい耳鼻科に散歩兼ねていく途中なのだ。
「まま……あそ……て」
(ん? あそこ見て?)
私は手を繋いでいる息子の視線の先を辿る。
河原を見れば、どこからか風に乗ってやってきた桜の花びらが川に身を任せて流れている。
「桜、きれいね」
「うんっ。さくら、さくら」
桜大が嬉しそうに指差しするのを見ながら、私は微笑む。そして桜大の小さな手を引きながら河原を横目にゆっくり歩いていく。
(今年もまた春がやってきたんだね……)
葉琉に別れを告げたこの河原は私の今、住んでいるアパートから少し離れているため、滅多に通ることはない。
久しぶりにこの河原を見れば、あの日別れた葉琉のことをやっぱり思い出す。
(なつかしいな……葉琉はいまどうしてるんだろう)
私の聴力は医師から言われていた通り、ほぼなくなってしまったが、最新の補聴器のお陰で本当に僅かだが音は聞こえる。
あとは誰かと話す際は唇の動きを読むことで、手話を使わなくとも日常生活はなんとか送ることができている。
私は短大卒業後、地元の小さな工場で経理として就職した。そして工場に営業にやってきた主人と出会い結婚した。健康な一人息子にも恵まれ、私はありきたりの幸せな暮らしを営んでいる。
今日は息子の桜大が風邪気味のため、駅ビルの中にできた新しい耳鼻科に散歩兼ねていく途中なのだ。
「まま……あそ……て」
(ん? あそこ見て?)
私は手を繋いでいる息子の視線の先を辿る。
河原を見れば、どこからか風に乗ってやってきた桜の花びらが川に身を任せて流れている。
「桜、きれいね」
「うんっ。さくら、さくら」
桜大が嬉しそうに指差しするのを見ながら、私は微笑む。そして桜大の小さな手を引きながら河原を横目にゆっくり歩いていく。
(今年もまた春がやってきたんだね……)
葉琉に別れを告げたこの河原は私の今、住んでいるアパートから少し離れているため、滅多に通ることはない。
久しぶりにこの河原を見れば、あの日別れた葉琉のことをやっぱり思い出す。
(なつかしいな……葉琉はいまどうしてるんだろう)
私の聴力は医師から言われていた通り、ほぼなくなってしまったが、最新の補聴器のお陰で本当に僅かだが音は聞こえる。
あとは誰かと話す際は唇の動きを読むことで、手話を使わなくとも日常生活はなんとか送ることができている。



