「時計?なんのことか知らない。俺らは急いでいる。もう行くぞ」
「待てよ盗人。大事な物を盗って楽しいのかよ!」
「盗人?」
ピクッと佐々木くんの体が止まる。根も葉もないことを言われて相当怒っているに違いない。現に、谷崎くんを見る佐々木くんの瞳は怒りに満ちている。
だけど彼が言葉にするのは想像していないものだった。切れ長の瞳が、ぐにゃりとゆがむ。怒髪天を衝くという言葉の通り、佐々木くんのうねった髪が今にも天井に着きそうだ。
「俺のことを何といおうが構わない。だけど俺たちは、今から大事な人の所へ行くんだ。もしも間に合わなかったら、谷崎こそ俺たちから大事なものをとった盗人になる」
「は?おい、待てよ!」
「行こう、水野」
その時、佐々木くんのスマホが鳴る。画面を見て無視できない連絡と思ったのか、佐々木くんは廊下に出て電話を始めた。その時、彼の震える肩を見つけてしまう。小刻みに震える肩に、髪から落ちたいくつもの汗の粒が着地していく。
あぁ、いま佐々木くんは戦っているんだ。聞きたくな電話の内容を、我慢して聞いているのかもしれない。彼の悲痛な姿を見れば、その心情が痛いほど分かる。
「……よし」
私の頭に浮かぶモヤが、急に晴れだした。さっきよりも足に力が入る。佐々木くんに腕を引っ張ってもらわなくても自分の力だけで動けそうだ。
電話が終われば、また私たちは走り出すだろう。その前に、頑張っている彼の後ろで私も戦う。いつまでも逃げてばかりじゃ、何も変わらないから。
スゥ
大きく息を知って、教室にいる皆を順番に見る。



