「こんな俺だけど、中身は案外に優しくて気弱かもよ」
「佐々木くんが優して気弱?それは天地がひっくり返ってもありえないと思う」
「言ってくれるね」
スッと瞳が細くなる。一瞬だけ私に向いた顔は僅かに口角をあげた後、また正面へ戻った。
その時の横顔は彼の言うように「気弱そう」に見えて、思わず釘付けになった。さっきまでの勝気な笑みは一体どこへ行ったのだろう。
「あ、着いたよ」
「本当だ。佐々木くん、送ってくれてありがとうね」
「いえいえ」と言いながら、彼はくるりと身を翻す。どうやら教室へ入る気はないらしい。
「もう授業が始まるよ?」
「知ってるでしょ」
顔だけ向けた佐々木くんは、眉を下げて私を見る。
「俺が不良だって、もう水野は知ってるでしょ?」
「!」
そして佐々木くんは去ってしまった。その後ろ姿から、いつまでも目が離せない。
だって佐々木くんが本当に気弱そうに見えたから。顔だけじゃなくて、彼の全身から覇気が失せたように見えたから。さっきまでケンカしていた佐々木くんと、今私の目が追っている佐々木くんが同一人物とは思えなかったんだ。
「……知らなかったよ」
ポツリと呟いた声と予鈴が重なる。
「佐々木くんも〝そんな顔〟をするなんて、初めて知った」
予鈴が鳴り終えた時。佐々木くんは角を曲がって廊下から姿を消す。
だけど私はしばらくの間、さっきの佐々木くんの顔を思い出してその場から動けなかった。



