絶対零度の王


仮面舞踏会から数日。
黒影の残党は全て拘束され、表向きは平穏を取り戻していた。

だが、華鈴の胸には消えない違和感が残っていた。

(あの男……私の動き、正確すぎた。内部からの情報がなければ、無理)

生徒会内部に――**“裏切り者”**がいる。



「華鈴様、最近寝ていませんね」

「寝てるわよ。目を開けながらだけど」

「冗談を言う元気があるうちに、休んでください」

「それが命令なら、“拒否”するわ」

それでも、前の顔を見れば、少しだけ心が緩む。
彼の存在が、今の華鈴にとって、酸素よりも必要だった。



◆ある夜、生徒会室

「……これ、先日の監視映像。ダンスパーティ当日の夜中に、誰かがサーバールームに入ってる」

風間樹が指差した先。映像の人物は――

水瀬美月

おっとりしていて、優しくて、何度も看病してくれたあの子が、
防犯システムの一部を“偶然”遮断していた。

「……裏切り、ってことか?」

「……まだ断定できない」
怜が静かに言った。

「けど、彼女の家は“白鳳製薬”。黒瀬家とは昔からライバル関係にあった。何かあるかもな」

「なら、調べる。私が直接」

「待て、華鈴。お前……もう限界が近いんじゃないか?」

雅の声が珍しく優しかった。

「……関係ない。私がやらなきゃ、前がまた狙われる。生徒会も壊れる」

その晩、華鈴は一人で“水瀬家”の屋敷へ向かった。



◆水瀬邸。深夜。

「ようこそ、華鈴会長。……来ると思ってたよ」

玄関で待っていたのは、美月。
そして、彼女の隣には、かつて“黒影”にいた男が立っていた。

「やっぱり……あなたが情報を流してたのね」

「……ごめんなさい。でもね、私……もう怖かったの。
あなたが強すぎて、綺麗すぎて、完璧すぎて……ずっと、ずっと、劣等感に殺されそうだったの!」

その瞬間、華鈴の肺が焼けつくような痛みに襲われた。

「――ッ、けほっ、……はぁっ、く、うぅ……っ」

吸入器を探そうとするが、カバンに手が届かない。

「……あれ?苦しそうだね、会長。今なら、楽にできるかな?」

男が近づこうとしたその時。

銃声が鳴り響いた。

「――手を離せ」

蔭山前が、銃を構えて立っていた。
彼の表情は、怒りと恐怖と、そして――焦燥に満ちていた。

「華鈴様に手を出した瞬間、俺はあなたを地獄に送る」

男が一歩でも踏み出せば、確実に撃つ。
そうわかるほど、前の目は本気だった。

美月は、泣きながらその場に膝をついた。



◆帰りの車内。

「華鈴様……っ、華鈴様、しっかりしてください」

「……ごめん……私……少し、休むわね……」

そのまま、華鈴は前の肩に身を預け、意識を手放した。
白い頬に、涙が一筋、流れていた。



目を覚ましたのは、翌日。前の部屋。

「……前?」

「華鈴様。お帰りなさい」

「……私、倒れたの?」

「はい。気絶されて、過呼吸と喘息の発作でした」

「また……やっちゃったのね」

「いいえ。あなたは、最後まで“王”として立ち続けました。……あとは、俺があなたを支えます」

前は、膝をつき、彼女の手を取り、額を当てた。

「どんなにあなたが傷ついても、俺だけは、あなたを“人間”として守ります」

その言葉に、華鈴の瞳が潤んだ。

(……もう、私、ひとりじゃない)