2人に連れられ、王都で有名なレストランに入った。
こんな豪華なレストラン、久々だわ…。
そんなところを私とロイは薄汚れた隊服で歩く。
周囲から注目されているのがわかり、恥ずかしくなった。
戦争前でなければ入店拒否されていただろう。
「申し訳ない、カジュアルなお店を予約するべきだったかもしれません。」
ギル様が申し訳なさそうに言う。
「とんでもございません。
それよりもお二人に恥をかかせてしまい申し訳ありません…。」
「どうしてもハナとここのイチゴタルトを食べたかったんだもの…」
リンがすねたように下を向く。
「そうね、ここのタルトは昔から憧れだったわ。
楽しみね。」
そう言うと、リンは眉を下げて遠慮がちに笑った。
こんな静かな子だったかしら…
前までなら「だよね!」と調子よく喜んでいたと思うけれど…
リンも魔術師としての訓練やプレッシャーに疲れているんだわ。
「テーブルマナーとかできねぇぞ、俺」
ロイが私に耳打ちする。
「いいのよ、こんな服で来ている時点でマナーもなにもないわ。」
「それもそうか」
ロイは軽快に笑って見せた。
この人は緊張とかしないのかしら?
「能天気ね」
「ハナが気にしすぎなんだ」
お互いを肘で小突きあい、私の肩の力はほどけた。
ロイの能天気が移ったのかもしれない。
「それよりお前…」
「ん?」
「ギルバート殿のことが好きだろ。」
「んなっ!!ち、違う!!」
「どうしたの?ハナ」
「な、なんでもないわ!転びそうになっただけ!」
リンが振り返ったのであわててごまかした。
「…こちらのお部屋でございます。」
その時、予約していた個室に着いてしまったため、それ以上ロイに言い訳をすることができなくなってしまった。
ロイに気づかれるなんて…
リンにもギル様にも隠し通していたのに…
ランチを食べ終え、楽しみにしていたイチゴのタルトを味わっていると、リンが言葉を発した。
「ハナとロイ様はとても仲がよいのですね。」
「え、そうかしら…」
「まぁこの小隊の中じゃ俺の次に剣の腕がいいからな。
俺が直々に教えてやる機会が多い。」
「なんか上から目線ね。」
「そりゃ上司だからな」
「同い年じゃない!」
「ハナ…?」
リンとギル様がキョトンとした顔で私を見る。
しまった!
ついいつものくせで…!
2人の前でこんな砕けた言葉遣い…恥ずかしい!
「本当に仲がいいのね。」
リンはそう言うと穏やかに微笑んだ。
やっぱり…リンも少し変わったわ。
「そうね…友達よ。」
「…私ね、今日は出陣前のハナにこれを書いてもらおうと思って来たの。」
そう言うと、リンは4枚の紙を取り出し、私たちに配った。
紙のフチには我が国の古代語が書かれている。
私には読めない…。
これは魔術だわ。
リンが私の剣に加護の魔術を施してくれたときのことを思い出す。
「この紙は祈り文という魔術なの。
とは言ってもおまじないみたいなものよ。」
「祈り文?」
「そう。4人で再会する約束をして、この紙に自分が一番叶えたい願いを書くの。
紙を折ると魔術が発動する。」
リンは全員の表情を見渡して続ける。
「魔術により祈り文に封がされ、他人が開こうと封を破るとたちまち燃えてしまう。
でも、誰にも開けられずに4人全員で再会したとき、みんなの願いが叶うの。
どうかしら?この4人でやらない?」
ロマンチックで優しく、希望に満ちたリンらしい魔術だわ。
この子はアイダ王国の勝利を信じて疑わない。
私の無事の帰還を心の底から願っている。
私も…この4人でもう一度会いたいわ。
「いいわよ。」
「いいですよ。」
私とギル様は賛成した。
ロイは…
「いいぜ」
意外にも賛成してくれた。
「ありがとうございます。
では皆様、自分が一番叶えたい願いを書いてください。
2番目ではだめよ。魔術が失敗してしまう。」
ペンをとり、思考を巡らせる。
一番のねがいごと…
そんなの、決まっているわ。
そっとギル様を見つめる。
真剣な眼差しで祈り文を書いている。
あなたと生きたい…
だけどリンの幸せも守りたい。
ロイと、みんなと無事に帰りたい。
もう一度家族みんなで笑いたい。
でも、数日後には私は戦場にいる。
その願いをすべて叶えるのが難しいことはわかっている。
私は目を閉じ、ひとつ深呼吸をして
私の祈り文に文字を書き連ねた。
みんなが書き終え、紙を折ると不思議と端が糊付けされたように封が閉じられた。
「ハナ、ロイ様。どうかご武運を。」
リンはそう言うとうるんだ瞳を隠すように笑顔を作った。
帰り際、私は思いきってギル様に声をかけた。
「ギル様、リンの様子はどうですか?
なんだか元気がないような気がして…」
「そうですね、ハナ様が家を出られてすぐの頃はかなり落ち込んでいましたが、魔術の訓練を始めてからは楽しそうにしていました。
ハナ様とお父様のお役に立てると喜んでいたんです。
ただ、数日前から昨日家を出るまでずっと部屋にこもって、何か研究をしているようでした。」
「研究…」
「それが今日の祈り文だったのかと安心しました。」
「そう…なんですね。リンは本当に愛らしいですわ。」
「ええ、本当に」
心の底から漏れたようなその同意は
ギル様がリンを深く愛している何よりの証拠だった。
私は性懲りもなく心を痛める。
何度も経験しているはずなのに…
「ハナ様の無事のご帰還を心待ちにしております。」
「ええ、ありがとうございます。
リンをよろしくお願いいたします。」
ああ、この笑顔を目に焼き付けておこう。
過酷な戦地でも思い出せるように。
「そろそろ戻りましょう。
ロイ小隊長殿を長々とお借りするのは忍びないです。」
「そうですね。ロイ、そろそろ…」
後ろを振り向くと、意外にもロイとリンはそこにおらず、間もなく先ほど食事をしていた個室から揃って出てきた。
「っ…」
2人が意外にも真剣な顔をしていたから
私の中を言いようのないモヤモヤが埋め尽くす。
「どうしたの?何かあった?」
「いや、なんでもねぇよ」
ロイが初めて私から目をそらした。
なんか…すごくイヤだ…。
自分でも理解不能な気持ちに刈られていると、ロイが口を開いた。
「ギルバート殿。ハナは変わったと思いますか?」
「な、何を//!?」
急に変なことを聞かないで…!
「そうですね…。おしとやかで線の細かった頃もおきれいでしたが、今は力強さも兼ね備えて、恐れながらますますおきれいになられたと思います。」
「え!!?//」
「そうだろう!ハハハ…!」
「何が言いたいのよ、あなたは!」
訳がわからないわ!
私を喜ばせたいの?傷つけたいの?
「ハナ」
ロイは私の前で片ひざをつき、私の手を優しくとって、その甲にキスをした。
「っ!!?」
まるで王子様みたい…
剣士が忠誠を誓う動作だわ。
「お前は今が最も美しい。」
真剣な眼差しで私を見つめる瞳に私は固まってしまった。
きっと、さっき私が不細工になったと気にしていたからね。
わざわざギル様にきれいと言わせなくてもよかったのに…
合点がいったわ。
私を喜ばせるためにこんな似合わない芝居を打ったのね。
「フフ…物好きな方。」
「我々はこちらで失礼いたします。」
ロイはそう言って顔を赤くするリンとギル様に頭を下げると、私の手を引いて歩きだした。
「ハナ!ハナ!!きっと、また…!」
泣き出しそうな声で叫ぶリンを振り返って手を振る。
必ずまた会いましょう。
リン、ギル様…
それが、私がリンとギル様と会った最後の日だった。



