ーー後日、ティボー様からセロン様が亡くなったことを聞かされた。
牢内での老衰だったそうだ。
リンの予言通り、セロン様は転生することなくその生涯を終えた。
その知らせを聞いたとき、嬉しいのとも悲しいのともちがう何とも言えない感情になった。
私たちに危害が及ぶ危険はなくなったけれど、前世の私たちを知る人が1人この世からいなくなったのは少し寂しい気もした。
そして、もう1人ーー
前世の私たちを知る人。
その人との約束を守るために、私は今日リンを連れてここに来た。
「転移魔術が経験できるなんてすごいわ!」
「俺も初めてだ。高度な魔術なのに、学生で使えるなんてさすがです…」
無邪気に喜ぶリンとギル様に釣られて笑顔になる。
「ティボー様、お願いを聞いていただきありがとうございます。」
「構わないさ。ここからは馬車を用意している。」
前回は10キロの道のりを走ったけれど、リンにそんなことはさせられない。
私、リン、ロイ、ギル様、ティボー様の5人で馬車に乗った。
「ハナ、今回の誘拐事件で捜査に協力してくれた方に会いに行くのよね?
手土産はクッキーでよかったかしら…」
「ええ、きっと喜ぶわ。」
アルウィンには手紙でリンの記憶がないことと、記憶を取り戻してほしくないことを改めて伝えている。
再会を喜べないのは酷かもしれないけれど、アルウィンもわかってくれるはずだ。
馬車で数分揺られた先、キリ村に入る手前の道で私たちは下車した。
「お会いする方はアルウィン殿と言う。
決して裕福な家ではないから驚かないでほしい。」
「わかりました。」
森の小径を進むと、目的地についた。
アルウィンは家の外の椅子に座って待っていた。
私たちを見つけると、杖をついて立ち上がる。
リンはその姿を見ると小走りで駆け寄った。
アルウィンの前で立ち止まると、美しいカーテシーとともに頭を下げた。
「はじめまして、アルウィン様。
このたびは私の捜索にお力添えいただいたと伺っております。
お礼をお伝えするのが遅くなり申し訳ございません。
誠にありがとうございました。」
「…」
「アルウィン様?」
リンが顔を上げると、アルウィンと目が合ったようだった。
アルウィンはグッと口を結ぶと、
「あなたがご無事で何よりです。」
その一言だけ絞り出した。
その言葉には色々な意味が込められているように感じる。
アルウィンはきっと最後に見たリンの瞳と全然違う今のリンの瞳に驚いたことだろう。
私が遺言の映像のその暗さに愕然としたように、アルウィンは希望に溢れ輝く今のリンの瞳に感動しているはずだ。
「こちら、ささやかではございますが、お礼のクッキーですわ。」
「どうぞ…お上がりください。」
「ありがとうございます。」
リンはためらいなくアルウィンの家に足を踏み入れた。
リンのこういう貴賤で差別しない姿がすごく好き。
私たちも続けてお邪魔した。
「お茶をご用意します。」
「あ!ではお手伝いを…」
反射的にリンが手を上げたが、アルウィンが私に視線を送ったので、私がその役をもらい受けた。
キッチンに移動し、みんなからの視線が切れると、アルウィンは深々と頭を下げた。
「約束を…守ってくださり…ありがとうございます…!」
「お礼を言うのは私の方よ。
前世のリンの願いを叶えてくれてありがとう。」
声を殺して涙を拭うアルウィンの代わりにヤカンを見つけ、お茶の準備をする。
私はフツフツと音を鳴らし始めたヤカンを見ながら尋ねた。
「…あなたが罪人になったのは…ギル様を殺したから?」
アルウィンはバッと顔を上げると、私から顔をそらして答えた。
「…そうです。」
「教えて…2人の最期を…」
アルウィンは深呼吸をしてから話し始めた。
「…ギルバート様は王都に進攻した敵兵に即死させられる未来でした。
その前にリンネットお嬢様の魔力で命を絶つ必要があった…
お嬢様はギルバート様に魔術のことをすべて話していらしたと思います。
しかし、お嬢様が直接手を下すことと、ギルバート様に自死を促すことだけはどうしてもできないと、毎日見ていられないほど苦悩されていました…。」
リンのそのときの心情を想うと、胸が張り裂けそうだ。
愛する人を殺さなくてはいけない。
成功するかもわからない魔術…
もうすぐ殺されてしまう未来を知っていても、一抹の希望にすがらずにはいられなかっただろう。
そんな迷いを振り払うために、信頼する騎士に頼んだ…。
「アルウィンはバカよ。
そんな命令、引き受けなくていいのに…」
「命令ではなく、お願いだったのです。
だからこそ私はロイ殿の時も、ギルバート様の時も、断ることができなかった。」
「あなたは剣士として優しすぎるわね。」
「ハナお嬢様に言われたくありません。」
アルウィンは私を買い被っているわ。
私はきっとそんなお願い断る。
リンでなければ、の話だけど。
「お湯が沸いたわ。」
「あっ、ハナお嬢様!一つお渡ししそびれたものが…」
「え?」
アルウィンは重そうな足を引きずって、寝室へ向かった。
茶葉をポットに開けているつかの間でアルウィンは戻ってきた。
「剣をお返しすることばかり考えていましたが、もう一つリンネットお嬢様から預かっていたものがあるのです。」
アルウィンは小さな手帳を差し出した。
見覚えがないわ…
手帳を受け取り、何気なく中を見ると、2枚の折りたたまれた便箋がこぼれ落ちそうになる。
「……これ…」
その色褪せた便箋を手に取る。
二つ折のそれはカサリと音を立てて簡単に開いた。
「っっ…!!」
その文字を見た瞬間、私の瞳から涙が溢れ出した。
『平和な時代に4人で生き直したい』
『リンの願いを叶えてほしい』
祈り文だわ…
リンとギル様の…
あのレストランで4人一緒に書いた…あの…
私は深呼吸をしてから涙を拭い取った。
大丈夫よ。リン、ギル様。
あなたたちの祈りは叶うわ。
今からお茶をいれてみんなで食卓を囲むの。
平和で、新しい希望と祈りに溢れた世界が待っているのよ。
私は手帳に祈り文を差し入れ、静かに閉じた。
もう私たちに祈り文はいらないわ。
魔術がなくても、自分の願いは自分で叶えてみせる。
それが人の力。人が生きるということ。
だから私はこの生を精一杯生き抜くわ。
私はお茶を持ってダイニングへ向かった。
穏やかな笑顔を浮かべるみんなのもとへ足を踏み出す。
いつの間にか前世で生きた年月は超えていた。
そのことに気がついたとき、前世の日々が思い出に変わったような気がした。
決して色褪せることはない私を私たらしめる思い出ーー
だけどこれからは、私はハナ・ロンドとしての新しい日々を積み重ねていく。
祈るのではなくしっかり見据えて実現する。
今世の私の願いを。
~完~



